オランダ視察

ツイッターより。
オランダの学校を院生(現職&ストマス)と見てきた。今回はこれまで以上に充実した視察になった気がする。

視察後には長時間の対話を行った。次のような対話が行われていたと感じた。
①実践を自分の現場で活用できるか考える
②実践内容やそこにいる人から、価値観を感じとり、その価値観を自分の現場で体現しようとしたらどうなるか考える
③異質なものを見る時に、自分の視点がどれだけ経験に縛られてるかを体験する
④↑を乗り越えるために、その現場で感じた事実(例、フィールドノート)に立ち返ったり、他者との感じ方の違いについて考えることを通じて、何度も「本当か」「何故か」と問い続けること。
③④の対話をする姿は、国内ではあまり見られてこなかった。異質なものに触れ、非日常の場にあり、集中的に対話の時間がとれたこと。これらの条件が揃えられたからこそであり、海外に来ることでこれらは実現しやすくなる。
対話までの間に自由時間があったのもよかった。集団行動してると、集団内の熟達者の発言にひっぱられる。
自画自賛っぽくなっちゃうけど,とにかく,今回の視察は学びが大きかった。詳細はまた今度。

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給料と働き方

働き方の話,いつも「教員の給料あげればいい」って話になる。

そりゃそうですが,そんな簡単にいきますかね。。。

教員の大変さも伝わってきたけど,教員の働き方が非効率であることはもっと昔から多くの人に直に伝わってしまってきたことであって。(学校に関わる仕組みについての保護者等からの疑問や不満はそこかしこに見られる)

そこに手をつけないまま「大変だ」と言っても,そこに予算投じてもらえるとは到底思えない。

だからこそ,給料増は引き続き求めつつも,自分たちもやれることやってかないといけないんじゃないか,と思う。

リーダー育成塾にファシリテーターとして参加しました 〜整理することの価値,対話の価値〜

8/19までの三日間,リーダー育成塾に参加しました。主催されました電通育英会の皆様,参加された皆様,スタッフの皆様,お疲れ様でした!

リーダー育成塾は,小学校から大学までの教員・職員の方々が参加し,合宿形式で行われる研究会?勉強会?地下組織(笑)?です。
単に思いを語り合ったり,学び合うことからさらにもう一歩踏み込んで,各自が持っている課題を解決したり,思いを実現するための具体的な行動計画を練っていくことを目的とした場です。
その目的のために,3日間の中には濃密なインプットとピリ辛の対話の時間,アウトプットの時間がそれぞれ織り込まれています。
また,こういった活動を通して,学校や地域をこえて横に仲間がつながることも目的の一つとしています。

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▶︎リーダー育英塾についてはこちら
※電通育英会のサイト
https://www.dentsu-ikueikai.or.jp/transmission/about_ikueizyuku/
※中原先生のブログ
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/10100
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今回,このリーダー育成塾にファシリテーターとして参加させていただきました。
育英塾の活動は参加者全体で行われるものもグループで行われるものもありますが,メインの活動は,グループ形式です。
前述した通り,メインの活動は自分の行動プランをブラッシュアップさせていくというものなのですが,そのブラッシュアップの作業はグループでの相互フィードバックを通じて行われます。
そういったグループ活動をファシる担当として,今回,参加してきました。

以下には,この活動を通じて感じたことを書いておきたいと思います(育英塾では最後の輪で簡単に話しました)

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まず一つ目。
現場で新たな行動を起こすには,「まず”整理”と”具体化”が必要」だということを感じました。

というのも,実践の場は,様々な関係性で複雑に絡み合っていますし,大抵の場合,学校にころがっている課題は一つではなく,それぞれがつながりあっています。
まずは,そういった関係性をそぎ落としながら,整理していくことなのかなと思います。
ここで言っている整理とは,「課題―原因―解決策―策を実行する上で予想される困難」このつながりが論理的で明確になることです。これらのつながりがキチンと整理されないと,どこから手をつけていいのかわかりませんし,どこを目指せばいいのか分かりません。
3日間でやってきたのは,形としてはプレゼンのブラッシュアップという形をとりながらも,時間をかけて,互いにフィードバックすることを通じて,この論理的繋がりを整理することだったのかなと思います。

そして,整理ができると,そのための第一歩が明確に見えてきます。
第一歩自体は本当に小さなものです。
「誰々さんに声をかけて飲みながら●●の話をすること」
具体的な小さな第一歩の形が見えてくると,不思議なことに行動できそうな気がしてきます。
その行動自体は,もしかしたらなんとなく以前から頭にあったことかもしれません。でも,整理されているからこそ,その小さな第一歩を大きなビジョンにつなげるステップやプロセスの中に意味づけることができるのかもしれないと思います。

多くの現場は,誤解を恐れずにいうとグチャグチャです。問題がそこかしこにころがり,しかも,互いにつながっている。何がなんだか分からないぐらいぐちゃぐちゃで,何かしなきゃいけないんだけれどどうしたらいいかわからない。そんな思いで参加された方が,最後には「ここからやってみたい」と思える糸口が掴めてきているような,そんな表情でみなさん帰られている気がしました。(全員ではないかもしれませんw)

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二つ目は,「対話の真の意義」を感じた,ということです。

これまで,「対話が大事」と言いながら,ここまでの意義を実感できたことは,実はまだなかったように思います。
前述した「問題の整理」は,困難を極めます。
現場のことを最もよく知っているのは,その当事者ですから,

-周り「●●ですかね」→当事者「いやそれは…」
-周り「▽▽ですかね」→当事者「いやそれは…」

というような打ち返しが簡単にできてしまいますし,最初はそれが続きます。
周りがなんとなく気になったことを聞いてみる程度では,見えてきません。
対話の意義や自分の発想が変わったり,問題の捉え方の枠組みが変わったり,そういったジャンプアップがないと,なかなか,問題の構図が見えてきません。

そのジャンプアップを可能にするのが濃密な対話です。
お互いに敬意を持ちつつ,オープンなマインドになって,スパイシーなことでも忌憚なく言える環境をつくること。
そしてその中で,一つ一つの論理的な関係を丁寧に突き詰めていくこと。
これを協働的に継続的に行うことで,どこかのタイミングで「スッ」と問題の本質が見えてくる。
それが見えてきた時は,なんとも言えない感覚でした。
一人一人ではできなかったことが,対話を通じて初めてできた。新しい意味や気づき(この場合でいうと問題の枠組みの整理)に至ることが,
これをなんと呼ぶかは別として,対話の意義を深く実感できた瞬間でした。

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そんなことを思った3日間でした。

また今度書きますが,「教職大学院で何をやるべきか」ということにもつながるアイデアを得られたような気がしました。

充実した時間をありがとうございました。

マルチタスクが苦手

現状,仕事がつめつめになって追い込まれております笑

そんなときブログ書くんじゃないという声が聞こえてきそうですが,

このハードな日々の中で思ったのは,自分はマルチタスクが苦手だ,ということです.

たくさん抱えるけど,結局,一つ一つしか処理できない(最悪やないか).

 

それをふまえると,スケジューリングとかもうちょい考え直さないといかんと思います.

 

以上,現実逃避ブログでした(この記事の執筆に要した時間 2分 まぁ許してくださいw)

 

筑駒の授業を院生と見に行きました

先週の金曜日、院生とともに筑駒に向かいました。

tsuku

地理の宮崎先生(中1)と国語の森先生(高2)の授業を見せてもらいました。
授業の詳細は勝手にオープンにするものでもないと思いますし書きませんが、どちらもそこにいる子どもたちに必要なものに丁寧に向き合ってなされた授業だと思いました(偉そうだったらすみません)。

事前には少し伝えていたものの、受験対応的な、先取りっぽい授業を想像していた院生からするとどちらも驚きの授業だったようでした。
特に森先生の授業はこれまで見たスタイルと全く異なっており、院生の興味を強く惹きつけていました。
「こういう形の授業もあるんだなぁ」という院生のつぶやきが印象的でした。

あともう一つの反応、これは両授業ともに出ていた反応ですが「これは筑駒だから出来る」というものでした。
こういった反応は筑駒のような学校を見にいっても、モデル校の授業を見にいっても、海外を見にいっても、いつも出てくる反応です。
ただ、そういう風に断じて、考えたり感じることをやめてしまうのはとても勿体ないことだと僕は思っていますので、この反応についてはその後少し時間をとって対話してみました。
そのあたりについては結構お互い話し込んだので、また別エントリーで書きたいです。

今回の訪問を行なったきっかけは、院生の方から「筑駒の授業が見たい」という声があがったことでした。
こういう「いろんなものを見てみたい」という気持ちはかなえてあげたいなと思いますし、加えて、それを実現させるのは自分の役割かもなと思います。

というのも、自分がたぶん教職大学院のなかで一番「現場から遠い」教員だからです。
研究の業界的に言えば、たぶん現場に「近い」方の人間です(現場の方と協働することも多く、現場の方の視点をもってする物言いが多いという意味で「近い」と表現しています。)が、職場の組織の中では、元校長や元指導主事の方がたくさんおられるので、現場から「遠い」方の人間です。

「近い」のと「遠い」のとどちらがいいというわけではありません。
むしろ、研究業界的にも、職場組織的にも、「近い」と「遠い」の両方がいることが大事だと思っています。
そういう意味では、職場組織内では、「遠い」人間である(かつ、それなりに「近さ」にも理解があるw)ことをいかして、視野を広げたり、これまでと違うものを見たり、という機会につないでいきたいと思います。
「揺さぶる担当」ぐらいに思ってます。

そして、そのためにもですし、自分のためにも、僕自身がいろいろなところに「出て行く」ことをしていきたいなと思っています。