苦しさと心強さと。

篠原涼子の唄、懐かしいですね。
「○○○と○○○と心強さと」
まったく高音出ないのに、カラオケで
歌った覚えがあります。

今回は「苦しさと心強さ」です。

愛しさと切なさではありません。

自分で何言ってるか分かりません。

…はい。

今日は文教交流会でした。
ALTの方々の話、聞いて来ました。

労働条件、労働環境が苦しいというお話でした。

ここで感じたのが「苦しさと心強さ」です。
(しつこい?)

つまり、教員は(自分も教員のつもりで話を
聞いたんですが)自分たちの労働条件や
労働環境について、苦しんでいます。

その事を「知って欲しい」「知って欲しい」
っていつも思ってるんだけど、
実は、自分の身近で苦しんでいる人には
なかなか気づけませんでした。

苦しさをアピールしたいんだけど、
他人の苦しさには気付けなかったという
ことです。

自分の苦しさと他人の苦しさの関係として
二つの事が言えると思います。
自分が苦しいとき、他人の苦しさには
びんかんになるんでしょうか。
それとも、自分が苦しいときには、
他人の苦しさに気付く余裕がないんでしょうか。

少なくとも、今回に関しては後者でした。

…携帯の充電が切れそうです…

やっぱり、教員にはどこか余裕が必要なんじゃ
ないかと思いました。

終わり。

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