月別アーカイブ: 8月 2013

スキャン ~紙のたわみによる陰影を消す~

完全に自分の備忘録。

研究上、色々な報告書等をいただくことは多く、また、その中の画像を別の書類に引用する事もある。
例えば今は、ある自治体が作成した報告書のなかに、自治体が自作したテキストの画像があった。
これをスキャンして書類の中に取り込みたいのだが、こういう時、よく困った事が起こる。

報告書は売り物の本ではないので、必ずしも印刷が良くない。
薄めになってる線などを残そうと、質の良いスキャンをすると、
今度は紙自身のちょっとした陰影が写ってしまう。
陰影が写らないようにすると、今度は線が消えてしまう。

ま、紙にたわみが出ないよう、綺麗に持って帰ればいいし、

より良いスキャナーを買ったらいいのかもしれない。

ネットには、「アイロンかける」みたいなのも載ってた。

それは置いといて。

今回、色々操作してたら上手い事いったので残しておく。

自分のために。

他にももっと良い方法があるのかもしれないし、

「ハッハ、なにこんなん頑張っちゃってんの、しかもブログにまで書いて」

と思う人がいるかもしれないけど、取りあえず、残しておく。

ソユヒトイタラ、ヤリカタ、オセーテ

うちのスキャナーはエプソンのPM-A840である。
たぶん新しくないし、姉夫婦からもらったもので、あまり状態は良くない。

うちの姉は、使わなくなったものをくれたりする。

多分、捨てるのが面倒臭いんだ。

分かってるけど、ありがたく頂戴する。

若干おしつけられてる気もするけど、ありがたく頂戴する。

お姉ちゃん、ありがと。

お姉ちゃんから受け継いだ、プリンタも、机も、ちゃんと使ってるよ。

お皿はまぁまぁ使ってる。

カーテンは、箱に入ったままだ。

ピアノは、さすがに、、、活用できてない。

もう一回いっとこ。

お姉ちゃん、ありがと。

・・・話がそれてしまった。

残しておきたかったメモは単純。

・スキャナーは、「プリント写真」「グレー」の設定で、「退職復元」にチェックを入れる。
・officeの画像エディターで開き、「画像の編集」→「明るさとコントラスト」
 →中間トーンを下げて、コントラストをあげる。

おしまい。

面接模擬 ・・・教員採用試験対策

ひょんな事から、教員採用試験対策に関わらせていただく事が出来た。
昔の自分を思い出したり、有意義な時間を過ごす事が出来たのだが、
ある講師の方の言葉が印象に残ったので、ここに記したい。

「面接は 『どのように対話するか』 を見るためにある。」

当たり前だが、会議も授業も対話である。
対話できない人と組織を組むのはつらい。
逆に対話さえできれば、その人が一人では対峙できない事に対しても、チームとしてともに立ち向かう事が出来る。
対話が出来れば内省・省察もしやすい。

学校現場では即戦力が求められているが、一方で、学校というのは毎日が「未知との遭遇」である。
子どものやる事を全て予想できる人はいないし、子供も親も制度も自分も変化していく。
「未知との遭遇」にともに対峙していくには、同僚同士で連携しながら、時には価値観の葛藤や摩擦も起こしながら
一緒にがんばれる人である必要がある。

故に「対話」が必要なのだろう。

そんなわけで、面接にのぞむ人は「いい事言おう」って思うより、「対話を盛り上げる」ことを考えた方が良さそうだ。
もちろん「ガヤ」的に合いの手を打つとかそういうわけじゃないし、
対話を盛り上げることは簡単な事ではない。
でも、少なくとも「答えを完全に用意していくこと」ではない。
考え方を整理していく必要はあるだろうが、最後はそれを「自然に語れる事」の方が大事になるのではないだろうか。

「自然に対話する」うえで重要なのは、「素の自分を見せる事」であるように思う。
この辺は各自自論があるでしょうが、自分はそうだったように思う。
「先ほどの事はわすれてください」と言えるぐらいの開き直りがどこか必要なんじゃないでしょうか。

そんな事を思いました。

みなさんによい結果が出るよう祈ってます。

10年次教員研修

しばらく前の事になりますが、某自治体の10年次教員研修に伺いました。
昨年度に引き続いて二回目です。

目的は、 【若手の育成】 をテーマに 【ミドルとしての意識づけ】を行う事です。

言い方を変えると、【育成される側から育成する側に回った事】を伝え、
【若手からミドルに立場が変わった事】を認識してもらう、という事です。

10年目でミドルというと「え?」という感じがするかもしれません。
ちょっと前の常識で言えば、「まだまだ若手」あるいは「若手のなかのお兄さん・お姉さん」
ぐらいかもしれません。
今でも大量退職や大量採用が始まってない自治体では、10年目でも学校内では下から2・3番目
というところもあると思います。

ただ、都市部では違っています。
10年目で、すでに学校内の真ん中近く・真ん中以上になってしまいます。

加えて難しいのは、その世代(か、それよりちょっと上)ぐらいは、採用が非常に少なかった時代です。
つまり、大都市では、10年目ぐらいの数少ない、層の薄いミドル世代が、
大量の初任者・若手を育てなければいけない状況になっているという事です。

これは、非常に難しいことです。

その理由の一つ。
学校の教員の場合、1年目になったとたん、やるべき業務はベテランと一緒です。
時には、ベテランに対して指示をする立場になることもあり、大きな責任をとらねばなりません。

かつては、「大学出てすぐ『先生』とか言われて調子に乗る」なんていう言説もありましたが、
そんなもの今は昔(昔だって本当にあったのか謎ですが)。
能力を超えた責任の重さが仇になり、メンタルを病む人が急増している状況です。

他にもいろいろ難しさはあると思うのですが、とにもかくにも
若手を一人前にし、学校組織の中で前向きに活動してもらえるようになることは
喫緊の課題なのです。

そのためには、ミドルの活躍が欠かせません。
ライフコース研究や社会化エージェントの研究などで言われている通り、
新規参入者の成長を支えるのは、ナナメウエの先輩なのです。

そんなわけで、今回の研修はそういった目的で行われました。

中身としては、細かい話は出来ませんが、ある物を使って「創りながら語る」グループワークを
行ったり、自分たち(の同僚)から得られた調査データをフィードバックしたり、、、

楽しさと真面目さ、希望と苦しみ、それぞれ半々みたいな内容で
退屈しないものだったと思います。

参加者の方々にとって、何かが残る一日になってたらいいなと思います。

yokohama10_blog2

8月15日

もう2時間ほど過ぎてしまいました。

ここ数年、家族を亡くす事の悲しみと苦しみを知りました。

命をかけてでも守りたいものが出来ました。

やはり、戦争は嫌です。

   ・・・

過去の大戦において、家族や国を守るという「想い」で命をなげうった人々に対して

敬意を感じます。

一方で、そういった方々の手によって殺された人、その家族の方々の悲しみや

苦しみは、ないがしろに出来ないと思います。

両方重要なのではないかと思います。

理想だとは思いますが、昨今の社会状況は、どこか開き直ってしまって、この理想から

どんどんかけ離れているように思います。

  ・・・

さきほど、NHKのドキュメンタリーを見ました。

昨年の夏にシリアで亡くなった戦争ジャーナリスト、山本美香さんを扱ったものでした。

「目をそらしても現実が変わるわけではない。そうであるなら、目を凝らして、耳を澄ませば、

今まで見えなかったこと、聞こえなかったことに気付くだろう。 戦場で何が起きているのかを伝えることで、

時間はかかるかもしれないが、いつの日か、何かが変わるかもしれない。 そう信じて紛争地を歩いている。 」

ここまで強くはなれないけれど、この強さの100万分の1くらいは持ってたいな、と思います。

  ・・・

最後に、社会起業家の駒崎弘樹さんの記事にリンクはっときます。

FBで駒崎さんをフォローしているのですが、今日、7年前のこの記事を再び紹介されていました。

とても良い文章だと思ったので、もしよければ読んでみて下さい。

http://www.komazaki.net/activity/2006/12/004367.html

  ・・・

脈絡のない話をいくつか連ねましたが、今日は色々な事を感じたという事で。

では。

組織社会化と組織個人化

数か月前、組織になじむこと(組織社会化) というブログを書きました。
<組織になじんでいく、組織の中で一人前になっていく>という事を分析している【組織社会化】という研究についての記事でした。
その中で、

【組織に「なじむこと」だけがいいわけではないだろう・組織になじむばかりでは、組織を「変えていこう」とする人が表れないないか。】

と、書きました。
そして、組織社会化研究をレビューしていくうちに(すぐに)これと同じことを危惧する人に出会いました。

chao(1988) ,schein(1986) あたりの”過剰適応”,”過剰社会化”です。
社会化を意識するあまり、つまり、なじむことを意識するあまりに、
なじむために内面化するもの(価値、役割、行動様式など)を自明視するようになり、
現状に対して批判的になれず、
結果として、組織としても個人としてもダイナミズムを失っていくという話です。

この問題は、本当に難しいです。

「誰かを一人前にすること」は、大抵の場合、尊い。
当人にとっても、ともに働く者にとっても。
特に、離職やメンタルヘルスの問題がとりざたされる現代ではね。
「なじむこと」は、「コミットメントを向上させ、メンタルヘルスを安定化させる」
っていうのは、全くもって正しそうだし。
そういう意味で、社会化は大事。

でも、それって、今の価値観を押し付ける可能性もあるわけだよね。
新しく参入してきた人(新卒でも中途でも)というのは、新しい価値観をもたらす
もっとも、学習を生み出しやすい人でもある。
そういう人の貴重な考え、イノベーションの芽をつんでしまうわけだ。

どうしたらいいんだろ。

・・・みたいな事を思っていたわけです。

しかし、そこで考えました。

なじむことと、変革志向は、必ずしも軸の対局ではないのではないか。

「なじんで変えていく」ということがあり得るのではないか。と。

そしたら、やっぱりありました。

組織個人化研究。

小川憲彦先生の研究が有名です。

これは、要は、社会化と変革志向との関係についての研究です。

ここで問われる「変革志向」というのが、単純なものではなく、

”個人にこれまでの資産を受け継がせることを目的とした組織社会化の過程から生じながら、しかしそこにはなかった新たな資産をもたらす可能性をもち、かつ、組織社会化と同様に組織の存続に不可欠である”という変革志向なのです。

「なじむ」という過程の中からうまれる、「変えたい」という気持ち。

これはまさに、前回ブログで書いた【組織になじんだうえで変えていく】という事にぴったりだと思います。

ちなみに、この研究では、社会化戦略との関係で分析されます。

つまり

「誰かをなじませようとすること」→「その人がなじむこと」 だけでなく、
「誰かをなじませようとすること」→「その人が変革志向をもつこと」

も見るべきだって話です。

これが組織個人化研究、、、、、、だと思います。

結果としては、

「 社会化戦略 → 自己や環境への学習 → 変革志向 」

というつながりが見えたという話だったと思います(曖昧)

組織個人化研究の現状としては、そんな感じだったと思います。

さて。今日は、【なじむことと変えること】についていろいろ書きました。

組織個人化、面白いなと思います。

だいぶ眠くなってきました。

後半の方はかなりうつらうつらしながら書いてまつ。

ねむい。

ねむねむね。

ねむい。

では。