組織社会化と組織個人化

数か月前、組織になじむこと(組織社会化) というブログを書きました。
<組織になじんでいく、組織の中で一人前になっていく>という事を分析している【組織社会化】という研究についての記事でした。
その中で、

【組織に「なじむこと」だけがいいわけではないだろう・組織になじむばかりでは、組織を「変えていこう」とする人が表れないないか。】

と、書きました。
そして、組織社会化研究をレビューしていくうちに(すぐに)これと同じことを危惧する人に出会いました。

chao(1988) ,schein(1986) あたりの”過剰適応”,”過剰社会化”です。
社会化を意識するあまり、つまり、なじむことを意識するあまりに、
なじむために内面化するもの(価値、役割、行動様式など)を自明視するようになり、
現状に対して批判的になれず、
結果として、組織としても個人としてもダイナミズムを失っていくという話です。

この問題は、本当に難しいです。

「誰かを一人前にすること」は、大抵の場合、尊い。
当人にとっても、ともに働く者にとっても。
特に、離職やメンタルヘルスの問題がとりざたされる現代ではね。
「なじむこと」は、「コミットメントを向上させ、メンタルヘルスを安定化させる」
っていうのは、全くもって正しそうだし。
そういう意味で、社会化は大事。

でも、それって、今の価値観を押し付ける可能性もあるわけだよね。
新しく参入してきた人(新卒でも中途でも)というのは、新しい価値観をもたらす
もっとも、学習を生み出しやすい人でもある。
そういう人の貴重な考え、イノベーションの芽をつんでしまうわけだ。

どうしたらいいんだろ。

・・・みたいな事を思っていたわけです。

しかし、そこで考えました。

なじむことと、変革志向は、必ずしも軸の対局ではないのではないか。

「なじんで変えていく」ということがあり得るのではないか。と。

そしたら、やっぱりありました。

組織個人化研究。

小川憲彦先生の研究が有名です。

これは、要は、社会化と変革志向との関係についての研究です。

ここで問われる「変革志向」というのが、単純なものではなく、

”個人にこれまでの資産を受け継がせることを目的とした組織社会化の過程から生じながら、しかしそこにはなかった新たな資産をもたらす可能性をもち、かつ、組織社会化と同様に組織の存続に不可欠である”という変革志向なのです。

「なじむ」という過程の中からうまれる、「変えたい」という気持ち。

これはまさに、前回ブログで書いた【組織になじんだうえで変えていく】という事にぴったりだと思います。

ちなみに、この研究では、社会化戦略との関係で分析されます。

つまり

「誰かをなじませようとすること」→「その人がなじむこと」 だけでなく、
「誰かをなじませようとすること」→「その人が変革志向をもつこと」

も見るべきだって話です。

これが組織個人化研究、、、、、、だと思います。

結果としては、

「 社会化戦略 → 自己や環境への学習 → 変革志向 」

というつながりが見えたという話だったと思います(曖昧)

組織個人化研究の現状としては、そんな感じだったと思います。

さて。今日は、【なじむことと変えること】についていろいろ書きました。

組織個人化、面白いなと思います。

だいぶ眠くなってきました。

後半の方はかなりうつらうつらしながら書いてまつ。

ねむい。

ねむねむね。

ねむい。

では。

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