月別アーカイブ: 4月 2014

学校が変わるという事① なぜ苦手か

前にもどこかに書いたんですが、学校と言うのは根本的に変わるのが苦手だし、
そもそも簡単に変えにくい性質があると思う。

以下、ポイントを4つ書いてみた。

◆①子どもという「最大の不確実性」を抱えているということ。

子どもほど、動きが読めないものはない。
なんで?なんでそれした???どーーーーーしてーーー?
っていう予想の斜め上どころか、
予想とは全く交わらない「ねじれの位置」にあるくらいの行動を取る事ってありますよね。
個人ではそれなりに想定できても、子どもの集団になった時、どんな変化が起こるかっていうのは、
かなり想定は難しい。

で、それを前提とすると、子どもの変化に柔軟に対応するには、
前提となる仕組とか制度は出来るだけ確実なものであってほしいと思う。
そうすると、実績ある過去の仕組みに頼る方が整合的。
仕組み自体に不確実性があるなかで、子どもの不確実性に対応するのは不安、ということ。
その気持ちは分かる。

◆②修正主義を取りにくいという事。

やってみて修正、はもちろん大事なんだけどね。
「やってみて」が難しいのは、二つの意味がある。

一回性と平等性。
例えばある年の2年A組で●をやってみました、と。
一回性は、その年の2年生にとって、「2学年」はその時しかないということ。
そうすると、その時の2年生の結果をもとに修正して次の2年生(その時の一年生以下)に活かせても、
当該の2年生はその恩恵を受けられない。
恩恵を受けられないならまだしも、その年だけ不利益を受ける事もある。

平等性は、A組がやったのに、B組がやってない、という事。
やってみたことが失敗すればA組が不利益、
上手くいけば、B組が不利益を受ける。

。。。いや、どちらも不利益を「受ける」と書きましたが、
性格には不利益を受けると「感じる」ということ。
一番敏感なのは誰か。

保護者かと思う。
客観的に社会的に見れば、修正を繰り返しながらやっていけばいいんだ、
やっていかなきゃいけないんだ、ということは分かる。
ただ、「当事者」になると、そこを受け入れるのってかなり難しい。

例えば、受験という制度が「社会的に」良くないのは分かる。
でも、自分の子どもが受験の時に制度を変えられるのは避けたい。

受験であればお役所に文句言うまではしない。
というか、文句言っても仕方ないというのをどこかで受け入れるけれども
学校と言う身近なものが修正主義で何かをしようとした時には、
全力でそういう不利益(の可能性)を避けようとするだろう。
少なくとも一定程度、そういう親は出てくる。
親が学校に不満を持つという事は、子どもが荒れる芽を育てるという事。
荒れてしまえば、もともと不満を持ってなかった子にも不利益が出る。

そういう意味で、修正主義は取りにくい。

◆③「変えない」事に慣れてしまう事。

①②で書いたように、学校の仕組みそのものに「変えにくい」事情はある。

しかし、地球は回り、時代は変わる。
子どもが変容すれば、変えなければならないこともある。
その時に対応せねばならない事や、乗り越えなければならないことがあるのは
学校としても分かっている。

しかし、それを感じつつもなんとなく、必要以上に「変えない」に拘ってしまうのは、
「変えない」を続ける事によって、「変える事への不安」が増幅してしまうこと。

最初は①②を含めた冷静な判断で「変えない」だったかもしれない。
しかし、それにばかり従って変えないでいると、変える事への不安はさらに大きくなる。
さらに変えづらくなる。スパイラル。

◆④楽をしたい教員もいるという事。

一定数います。
残念ながら。
変えない方が単純に楽ですから。

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こんなような事が考えられる気がしました。
もちろん、これらも単純じゃなくて、例えば保護者が学校の決定を不安に思うのは
何かしら信頼を失わせる何かを学校がしてきたからというのもあるだろうし、
教育行政が教職員の専門性をないがしろにしてきた部分もあるかもしれない。
色々と考えられるし、関係しているのだろうけど、とりあえず思いつくものを
挙げてみました。

今回、これを書いたのは

学校の外から見る「硬直性批判」の中には、どうも④に向けられているものが
結構あるように思いました。
学校の中にも、「楽したいだけだろ」批判は結構あります。

でも、冷静に①②というのはふまえなきゃいけないと僕は思います。

「変えるのがめんどいだけだろ!公務員だし!」みたいな側面はないとは言わないけど
それだけじゃないということ。

①②をふまえつつ、それでも「変えるために一歩踏み出すべきか」を考える。
もし変えねばならないのなら、③④を乗り越えるためにどうするか考える。

不必要な「変えない」論、きちんと考慮すべき「変えない」論。

両者が切り分けられないだけに、余計に難しい。
けど、どっちかだけではないよ、という話。

おしまい。

第9回文教交流会

先日土曜日、文教交流会の打ち合わせがありました。

私は事情があって出られなかったのですが、

その打ち合わせを経て、告知を始める事になったので、

当ブログにもお知らせを掲載したいと思います。

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 第9回文教交流会のお知らせ
平成26年4月26日(土)15:00-18:00

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4/26(土) に教育関係者や教育に関心のある方々を対象にした交流会を開催します。

9回目の今回は、学校現場で発生するもめごとをどのように解決するか、あるいは軽減していくかについて議論します。

学校現場では日々様々なもめごとが発生しています。
これらを解決するため、教師による一方的な指導が行われることが往々にしてありましたが、こうした指導が必ずしも問題の根本的な解決やもめごとの減少につながらないのではないかという見解もあります。
今回、子ども同士のトラブルやもめごとについて、子どもたち同士で解決を図ろうとする活動であるピアメディエーションの研究・実践に取り組んでいる松山康成先生(大阪府公立小学校教諭)をお招きし、『どうすれば子どもたちがもめごとを乗り越えられるか』について議論します。

【開催概要・申込方法】

○ 開催日

 4月26日(土)

○ プログラム

 14:45 開場
 15:00~18:00 1部:交流会(ピアメディエーションの体験や参加者同士のディスカッション)
 18:15~20:15 2部:食事をしながらの懇親会
  ※部分参加も歓迎します。お気軽にお申込みください。

○ 参加費 

 1部:500円 2部:3500円程度

○ 会場

 1部:中野区立向台小学校
   (東京都中野区弥生町1-25-1)

 2部:北海道 中野坂上駅前店

○ 申込方法

 メールに下の事項を記載し、4月18日(金)までに、文教交流会事務局(education.jpn@gmail.com)に
 お送りください。

=====〈必要記載事項(コピペしてお使いください)〉=====
1.氏名: 2.所属:3.E-mail: 4.電話番号:
5.1部出欠:6.2部出欠:
======================================================

※ 一度連絡いただいた内容を修正される場合は、再度同じアドレスまでメールをお送りください。

※ 今回は出席できないが本活動に興味がある、という方は、その旨ご連絡ください。また、ご質問等も上記アドレスまでお寄せください。

~ 文教交流会とは~
「教育現場と教育行政、違う立場から教育に携わる人たちがともに交流する場ができないだろうか」 そんな思いから、若手の学校教員と平成23年度入省の文部科学省職員の有志が集まり立ち上げた交流会です。当会は特定の政治・宗教に偏らない非営利団体です。

博士課程、色んな在り方。

【書き直しました】

久しぶりに院生キャリアの記事を書きます。

以前、文系で博士課程行ったら研究者なるしかない。

といったようなこと、書きました。

そう書くと、まるでキャリアのタイプが一つしかなさそうに見えますが、

そんな事はありません。

「様々な事に取組みながら、研究もおこなっている」という方、結構います。

片足が研究、もう一歩の片足は●●、というような形です。

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例えば、私が日頃からお世話になっている館野泰一さん。

研究はアカデミックライティングを専門としていますが、

一方で、各種のワークショップを開催してらっしゃいます。

企業などから依頼を受けてワークショップについて

ご相談を受ける事もあるそうです。

先日発売された『人材教育』三月号には、

ワークショップの開催・運営等に関わって

安斎さんとの対談が掲載されていました。

なんというか、オシャレ研究者、ですね。

中原先生見てても、オシャレって結構必要かも。

と、思います。

いや、なんだろ、オシャレじゃないな。

「洗練されてる感」かな。

「小奇麗だけど個性もちゃんと出しますよ、感」かなw

それがないと、世に出づらいのかも。

研究者にとって世に出る事は必ずしも必要ないのかもしれないけれども、

社会にインパクトを与える事を目標の一つとするなら、

人の前にたくさん出て広く認知されていくという事も

1つの手段かもしれません。

そういう手段を取るのならば、ある程度見た目も重要

かもしれません。

・・・という事を、

・・・現在、ぽっちゃり、ひげづら、髪ぼさぼさの私が言っております。

・・・圧倒的な自戒をこめてw

・・・髪きりいこ。

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えらく話がそれました。

幅広く活動されている院生。

次に、古田雄一さん。

修士時代の後輩。

今は別の大学院に行ってらっしゃいますが、色々と関わりは続いています。

研究の専門はシチズンシップ教育です。

一方で、それにかかわる様々な実践をされています。

「わかもの科」プロジェクトや、高校での実践、湘南まちいくプロジェクトなど、

学校や自治体と関わりながら、シチズンシップに関わる実践を行って

らっしゃいます。

参考:【インタビュー】古田雄一さん(わかもの科プロジェクト代表) 湘南まちいくプロジェクト

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最近テレビによく出る古市憲寿さんも、博士課程の院生だったりします。

福島関連の開沼さんやスクールカーストの鈴木さんもそうですが、

最初にどーんと書籍を出して一気に有名になるというパターンも増えているように思います。

このパターンは、社会学関連の方が多いかもしれません。

色々と挙げてきましたが、

結局なにが言いたいかと言うと、

「色々できるよ」

って事です。

博士課程に進学する事が、キャリアなり、他者との関わりなりを「せばめる」ように

考える人もいるかもしれないけれども、

色々と「広がり」を持たせることは可能だという事です。

院生キャリアを考えていくうえでは重要な事かと思います。

もう一つ重要な事があります。

それは、上記あげたような方々に共通しているのは、

研究の方でしっかり実績を出されているという事です。

先日のブログじゃないですが、「深める」 をきちんと出来る人が

「広げる」 もやれている、ということです。

この辺、自戒を込めて(ふたつめ。)

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最後に断わっておきますが、

研究一本で頑張って研究者になる事は、とても尊い事です。

自分の周りにも素晴らしい方いらっしゃいます。

別の実践をやっているから偉いとかそういう事ではありません。

色々なパターンがあり得るよ、という事です。

あしからず。。。

査読あり論文。 メンターチームへの管理職の関わり

タイトル通りです。

査読ありの論文出ました。

青山学院大学インフォメーションサイエンスです。

自分がファーストオーサーになった論文では、初めての査読付きです。

バンザイ。