月別アーカイブ: 5月 2014

【お誘い】New Education Expoでセミナーやります

来週の土曜日(6/7 13:00~)、NewEducationExpoでセミナーを行います。テーマは教員の人材育成です。

 

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「教育は人なり」という言葉がありますが、教育の質は、やはり、それを行う「人」にかかっていると私は思います。では、その「人」の育成ってどのように行われているのでしょうか?

 

かつては、学校内の自然なコミュニケーションの中で、若手教員が育てられてきました。

 

昔の学校では、「俺の背中を見ろ!」で人を育ててきました。

あるいは、若手が困っていても「井戸端会議で悩み相談」をしてきました。

また、「授業についてみんなで研究」を行ってきました。

 

これらは世界でも評価の高いものでしたが、昨今はこれが崩れつつあります。

 

大量採用時代が訪れ、育てるべき新人の数は激増しています。

一方で、いわゆるナナメウエの先輩は層が薄く、

また、多忙化もすすんでおり、

「背中・井戸端・みんなでモデル」が崩れつつあります。

 

崩れ「つつ」あると書きましたが、今でも、そういった自然な育成が行われている学校もあります。

しかし、そこから「こぼれ落ちる人」が近年は増えてきていると言われています。

メンタルを病む人、あるいは、志なかばで教員をやめてしまう人、そういう人が増えてきていると言います。

 

では、どうするのか。

 

各自治体が色々なアイデアを絞っています。

たとえば、東京都では「OJT施策」が進められています。

http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/buka/jinji/jinzai/ojtgaidorain.pdf

横浜市の場合は、(少しだけネタバレしてしまいますが)「若手同士が支えあう」モデル、「メンターチーム」という仕組みを採用しています。

我々(横浜市教委と中原研:中原先生、OBの脇本さん、讃井さん、町支)は、このメンターチームについて三年間調査研究を行ってきました。

今回、この結果をもとに、今後の若手教員の育成をどのようにすべきか、みなさんと考えていきたいと思います。

当日は、横浜市教育委員会の前田先生、青山学院大学の脇本さんとともに、これまで3年間行ってきた調査について発表します。ある学校で行われてきた具体的な事例についてご紹介しつつ、市全体の若手教員を対象に行った量的調査の結果についてもお話します。

お時間ありましたら是非!!!お申込み、お待ちしています!

 New Education Expo 2014   タイムスケジュール

 

ページ番号を割と自由に入れる方法 ・・・備忘録

まず、テキストボックスを挿入。

テキストボックスの中で、挿入→クイックパーツ→フィールド→番号→page

テキストボックスなので、位置も回転も自由自在。

メンドイのは、ページ番号ずれた時に、「フィールドの更新」しなきゃあかんところ。

教育ITソリューションEXPOに行ってきた

先週金曜日、ビッグサイトで開催されている教育ITソリューションEXPOに行ってきた。

自分自身はICTはそれほど専門ではない。

というか、疎い方だ。

メモリとハードディスクの違いが答えられず、たまにバカにされたりしているwww

しかし、最近それに関わる人と仲良くなる事が多く、

友人の誘いもあった。

また、再来週内田洋行のNewEducationExpoでしゃべる事もあって

それ系のイベントってどんな感じなんだろ、という興味があり、今回はちょっと行ってみた。

行ってみて驚いたのはその熱気。

ICTって想像以上に盛り上がっているのね。

しかし、こんなこと言ったら怒られるだろうけど、

内容やら商品の殆どには、いまいちピンとこなかったのが正直な感想。

電子黒板やらは、殆どの者がまだどうにも反応とか悪く、

使い勝手がいまいちというか、それについて熟達する労力やコストをかけてまで

やるような事かな。。。と思った。

それらを使った模擬授業も行われていたが、たどたどしいものも多く、

かえって営業上マイナスなんじゃないか、とさえ思った。

反転学習についてもだけど、大学での反転学習はすごく意味が大きいと思うのだが

それ以前、特に小中段階ではどうなんだろうと思った。

教員がビデオ教材を作る事をサポートするものがたくさんあったが、

どうやっても、素人っぽさが出てしまうというか。。。

こんなもの、子どもが家でちゃんと見てくるとは思えないというクオリティ。

反転学習が上手くいくかどうかの鍵は、やっぱり、事前の学習にあると思うんだけど

どうにも良いものがありそうな気がしない。

自分で作ると素人っぽいし、業者が作るとどうも痒いところに手が届かないというか

通り一遍ぽいものになるか、妙にアニメっぽい子供だまし感の強いものになるか

そんな気がする。

一緒に同行した友人は『Eテレ』ほどクオリティの高いものになれば別だが・・・

と言っていた。確かに。

というか、Eテレは反転学習用の番組とか作っちゃえばいいと思うんだが。

すでにあるのかな。

知らんけど。

いずれにしても、なんだかピンと来なかった。

こんな事言ってたら時代から遅れていっちゃうかな。

まぁいいや、そちらの専門ではないので。

しかし、これからもなんやかんや関わると思うので、

一定程度勉強が必要だという事は感じた。

いくつか良かったこと。

・大学におけるMOOCについて概論を聞けて良かった。

・LEGO Educationは面白そうだった。

かつてレゴのこと書いた事もありました。

作って語るという話でした。

この前見たやつでは、レゴで作って、それを写真にとって漫画風にコメント入れて語る、

みたいな事してました。面白そうでした。

・あとは、久しぶりに佐藤昌宏さんにお会いしたこと。

ちらっとでしたが。

御発表を聞けなかったのが残念でした。

もともと文教交流会でお会いしたんですが、

その時は佐藤さんのご専門とは関係ない内容だったので

佐藤さんのガチ専門のお話をうかがいたかったです。。。

そんなこんなで、つらつらと適当に感想を書いてみました。

おしゃまい。

組体操廃止運動に思うこと

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※この投稿の続編を書きました → 続・組体操廃止運動に思うこと

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(読んでいただければ分かるかと思いますが、今日の話は現場モードです。
研究的な話では全くないです。)

組体操廃止運動について
http://blog.livedoor.jp/ninji/archives/38183538.html

まず最初に。
私は、8段も9段も作る組体操は「必要」なものではないと思う。
恐らく大きな達成感が得られ、それによって自己効力感を高める子もいるだろうと思う。
しかし、それが重大な事故のリスクと引き換えに行われるのであれば、やめるという事を考えねばならないだろう。
というか、基本的にはそんなデカイピラミッド、やらない方がいい。
特に、大した覚悟や準備もなくやるような事は絶対に在ってはならないだろう。

という事を思いつつ、以下、別の点について書く。
今回の騒動の主な論点でないことは200万パーセント承知で書きます。

それは、廃止運動を展開している方々への願いでもあったりする。

というのは、大型ピラミッド撤退を、「批判による萎縮」ではなく、批判をきっかけとしつつも「冷静な判断」で行う方向に持って行ってほしいという事だ。

なぜなら、内田氏のツイートで取り上げるようなリスクに無頓着な学校もあるだろうが、一方で、リスクに過敏で、クレームに対して過剰反応するような学校も少なくないからだ。
例えば、防災訓練の日の前日に雨が降ったとする。
そうすると、当日は晴れていても防災訓練は中止になる。
なぜなら、模擬の避難は当然上履きでするわけだが、グラウンドがぬかるんでいると、上履きが汚れ、そこにクレームがつく恐れがあるからだ。
では、防災訓練を中止した事にクレームがつくかというと、そこには恐らくクレームはこない。
なぜなら、防災訓練の価値を受け止められるような思慮深い保護者は、衝動的にクレームをつけるような事はしないからだ。
かくして、【防災訓練の意味<上履きの汚れ】という思考でつけられるクレームを恐れ、学校は防災訓練を行わないのだ。
これは適正な判断ではないと私は思う。
上記は一つの事例でしかないが、クレームに敏感な学校も結構あると思う。
極端な話、メリットが5あっても、リスクが1あれば、リスクの方を重視してしまう学校も多いのではないか(わからんけど、比較的都市部に多そう)。
少なくとも自分の実感ではそう。

今回の騒動での「批判による萎縮」は、こういった学校をますます委縮させるだろう。
そして、そういう学校を増やす事にもつながるだろう。

そんなの知ったこっちゃないよ。
無意味なクレームのために、有意義なクレームが抑えられるなんておかしいよ、
と思う方もいるでしょう。
しかし、主張するなという事ではなく、主張の仕方の話です。

また、それは主張の仕方の問題ではなく、受け止める側の問題だろう、
無意味なクレームをおそれる学校のために気を使う必要なんてない、
と思う方もいるでしょう。
ま、その通りだと思う。確かに。

でも、モンスター云々以来、学校は非常にクレームに弱いのだ。
どんなに下らないクレームでも、それが頻発すれば学校はグジャグじゃになる。
そんな事に気を使う必要はない!と断じるのも簡単だけれど、
出来れば、前向きな解決を望みたいと思うのは贅沢かしら。

些末な問題でごめんなさい。

元の話に戻ります。

委縮させることが何故よくないか。

まず一つ。
上述した通り、意味のないクレームによって、意味のある活動がなくなっていくからだ。
極小のリスクを気にして、大きなメリットさえ失いかねない、不適切な判断を助長するからだ。
(大型ピラミッドは不適切なクレームではない。意味のあるクレームだろうと思うし、メリットよりリスクが過大だからやめようという話だと思う。しかし、適切な主張なのに相手を「委縮させる」事によって目的を達成してしまったら、他の不適切な主張が通るようになってしまう、という事)

また話がそれた。
委縮させない方向ですすめてほしいという話。
委縮がすすめば、学校で出来る事はどんどんつまらない、しらけた事のオンパレードになる。
ただでさえその傾向強いのに。
例えば、多くの企業は学校での社会貢献活動をしたがるが、学校はそれを嫌う。
なぜか。
その学校には、当該の企業のライバル企業に勤める親を持つ子もいるからだ。
その小さな可能性を気にして、大きな可能性に尻込みしてしまうのだ。
これは良い状態ではないと思う。

もう一つ。
それは、ますます学校を孤立させることになるからだ。
「どうせ俺たちのやる事なんか…」という気持ちになる。
出来るだけ、学校の外とは関わらない方がいいという気持ちになる。
これって、前向きではない。
学校は社会から様々な使命を背負わされて抱えきれない状態になってきているのに、
つまり、学校外と関わらずには教育環境を保てなくなりそうなのに、
孤立させていいはずがない。

というのも、学校が抱える課題は組体操だけではない。
恐らく、組体操廃止運動をしている方々にとってはそれだけがターゲットであって、
それを達成すればいいのだろうが、当然の事ながら難しい問題はそれ以外にもたくさんある。
委縮体質・孤立体質を深める事は全体としてはかなりマイナスだと思う。

もし、組体操問題だけでなく、教育環境全体が改善される事をともに考えてくれるなら、
委縮による撤退ではなく、冷静な判断による撤退を学校現場とともに達成できる方向で持って行って欲しい。
少なくとも、最初から対話を目指さず、小馬鹿にして、反感を買う事を織り込み済みでやるのはどうかと思うな。
(繰り返しになるが、主張そのものを否定しているわけではない。というか、リスクがありすぎるものをやる事は、僕も反対。)

このような事を考えたきっかけは、廃止運動の中心にいる内田氏のツイートだったりする。
なんだか、小馬鹿にするような書き方が多い。
例えば

uchi1

なにより、これでは伝わらない。

学校現場からの反発が大きいみたいなツイートもありましたが、そりゃそうだ。
内容うんぬんより、感情的な嫌悪感をかきたてているように見える。

今後、このようなスタンスの勢いが強まれば、組体操は全体的に縮小していく可能性があるだろう。
そういうものには委縮しますから。
PTAを通せば簡単に動かせる、みたいな高校教諭からのツイートもありました。
その通りでしょう。

しかし、できれば、学校が委縮して、孤立して、ふてくされてやめるような方向にはならず、
冷静な判断でやめる方向に行ってほしい。
小馬鹿にして、現場を敵にして仲間を募るのではなく、
現場と粘り強く対話するようなやり方で事が達成されて欲しい。

何度も言うが、組体操だけが学校の抱える課題ではない。
学校組織が外と関わりながら達成すべきこともたくさんあるし、
外とつながることによって防げることもたくさんあるだろう。
内に閉じこもる傾向を強めるのは、全体的に見ればマイナスな気がするな。

主旨はごく正しいんだから(←私にはそう見えます)、きちんと伝えればいいのに。
学校が委縮して孤立すれば、その他の多くの問題の解決を困難にさせてしまう。

そうなりませんように。

・・・そんなわけで、趣旨には同意するけど、伝え方にムズムズしてしまいました。

こんなのは、外野からのどうでもいい反応なんでしょうね。
内田良氏はじめ当事者の方からしたら、ラジカルにすすめなあかんぜよ、変わらんぜよ、てな想いなんでしょう。
わかりますが。

ムズムズしちゃったので適当に書いたら、また長くなりましたね。

そしておやすみなさい。

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※この投稿の続編を書きました → 続・組体操廃止運動に思うこと

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組織市民行動のダークサイド ~ポジティブな行動のネガティブな側面~

今週は中原研で英語文文献発表でした。

テーマは組織市民行動です。
組織市民行動とは、ざっくりいうと『指示・制度に規定されたものではないけれど、
個人が自発的に担ってくれる行動で、職場や組織を円滑にまわすリソースになる行動(中原先生のFB投稿より引用)』のことです。
うまく「まわっている」組織では、このような行動をとっている個人が必ず一定程度存在するのではないでしょうか。

これは、一般的には「良い事」として研究されています。
その根拠は三つ。
・前向きな動機、自発的に組織を想って行われる行動だから。
・組織全体のパフォーマンスがあがる。
・組織が回るようになり(↑)、働きやすくなり、当事者の職務満足なども上がる。当事者の職務満足が上がるという事は、企業にとっても従業員を保持するうえでプラス。

これについて、一つ一つ、「いや、そんなにイイことばっかりじゃないだろ」と突っ込んでいきます。
最大のポイントは自発性。

「組織のための行動」は、見方を変えれば、「自己犠牲」になります。
組織としては、この行動はありがたいものであり、奨励したいところですが、
これを求めすぎれば、自己犠牲を強いる事になります(ブラック的な…)。
この辺のバランスをどう考えるか。
バランスが崩れた時には何が起きるのか。
そういった事を考えるヒントが散りばめられた論文でした。

自分が対象としている学校組織についていろいろ考えつつ読んでみました。
例えば、今年度の初めごろ、高一の担任を持っている教諭が
自分の息子の入学式に出るため、自分の勤務校の入学式を休み、
そのことについて賛否両論ありました。
また、昨年度の終わりごろ(?)だったかな。
中学校の部活制度を「ブラックだ」と批判するブログが話題になりました。

どちらも全て程度も違うし状況や要因も色々ある事をぶっとばして、
無理矢理共通項を見だすとすれば、
プライベートをどれだけ捨てるか、自己犠牲の部分が話題になっているように思います。
(自己犠牲という捉えが違う!という方もいらっしゃると思いますが置いといて。)

学校と言う組織は、子どもという不確実性の塊を抱え、想定外の出来事がさまざま起こる組織です。
かつ、リソースは限定され、基本的に「足りてない」という状態です。
そのような組織では、この「組織市民行動」はかなりキーになります。

しかし、不足している状態が慢性的に続いているため、
ある意味、「やって当たり前だろ」という状態になっています。
このような状態を論文ではcitizenship pressureがある状態と紹介しています。
本来の組織市民行動とは違う状態になります。

そうなるとどうなるか、、、

その辺は細かい内容ですんで割愛しますw
読んでみてくださいw

また、あわせて、この著者の姿勢も割と面白いな、と感じました。
一般的に「ポジティブ」と考えられるものを、あえて「ネガティブ」に見てみようとする姿勢。
「定説に抗うぜ!」という姿勢自体がちょいカッコイイ気がします。
自分の研究を紹介する論文に「dark side」とつけちゃうあたり。。。
ジェダイ気取りか!!と突っ込んでみたい気持ちになりました(笑)

最後に論文の情報をば。

Mark C. Bolino, Anthony C. Klotz, William H. Turnley andJaron Harvey ”Exploring the dark side of organizational citizenship behavior”,Journal of Organizational Behavior(34)4,pp542-559.
リンク