組体操廃止運動に思うこと

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※この投稿の続編を書きました → 続・組体操廃止運動に思うこと

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(読んでいただければ分かるかと思いますが、今日の話は現場モードです。
研究的な話では全くないです。)

組体操廃止運動について
http://blog.livedoor.jp/ninji/archives/38183538.html

まず最初に。
私は、8段も9段も作る組体操は「必要」なものではないと思う。
恐らく大きな達成感が得られ、それによって自己効力感を高める子もいるだろうと思う。
しかし、それが重大な事故のリスクと引き換えに行われるのであれば、やめるという事を考えねばならないだろう。
というか、基本的にはそんなデカイピラミッド、やらない方がいい。
特に、大した覚悟や準備もなくやるような事は絶対に在ってはならないだろう。

という事を思いつつ、以下、別の点について書く。
今回の騒動の主な論点でないことは200万パーセント承知で書きます。

それは、廃止運動を展開している方々への願いでもあったりする。

というのは、大型ピラミッド撤退を、「批判による萎縮」ではなく、批判をきっかけとしつつも「冷静な判断」で行う方向に持って行ってほしいという事だ。

なぜなら、内田氏のツイートで取り上げるようなリスクに無頓着な学校もあるだろうが、一方で、リスクに過敏で、クレームに対して過剰反応するような学校も少なくないからだ。
例えば、防災訓練の日の前日に雨が降ったとする。
そうすると、当日は晴れていても防災訓練は中止になる。
なぜなら、模擬の避難は当然上履きでするわけだが、グラウンドがぬかるんでいると、上履きが汚れ、そこにクレームがつく恐れがあるからだ。
では、防災訓練を中止した事にクレームがつくかというと、そこには恐らくクレームはこない。
なぜなら、防災訓練の価値を受け止められるような思慮深い保護者は、衝動的にクレームをつけるような事はしないからだ。
かくして、【防災訓練の意味<上履きの汚れ】という思考でつけられるクレームを恐れ、学校は防災訓練を行わないのだ。
これは適正な判断ではないと私は思う。
上記は一つの事例でしかないが、クレームに敏感な学校も結構あると思う。
極端な話、メリットが5あっても、リスクが1あれば、リスクの方を重視してしまう学校も多いのではないか(わからんけど、比較的都市部に多そう)。
少なくとも自分の実感ではそう。

今回の騒動での「批判による萎縮」は、こういった学校をますます委縮させるだろう。
そして、そういう学校を増やす事にもつながるだろう。

そんなの知ったこっちゃないよ。
無意味なクレームのために、有意義なクレームが抑えられるなんておかしいよ、
と思う方もいるでしょう。
しかし、主張するなという事ではなく、主張の仕方の話です。

また、それは主張の仕方の問題ではなく、受け止める側の問題だろう、
無意味なクレームをおそれる学校のために気を使う必要なんてない、
と思う方もいるでしょう。
ま、その通りだと思う。確かに。

でも、モンスター云々以来、学校は非常にクレームに弱いのだ。
どんなに下らないクレームでも、それが頻発すれば学校はグジャグじゃになる。
そんな事に気を使う必要はない!と断じるのも簡単だけれど、
出来れば、前向きな解決を望みたいと思うのは贅沢かしら。

些末な問題でごめんなさい。

元の話に戻ります。

委縮させることが何故よくないか。

まず一つ。
上述した通り、意味のないクレームによって、意味のある活動がなくなっていくからだ。
極小のリスクを気にして、大きなメリットさえ失いかねない、不適切な判断を助長するからだ。
(大型ピラミッドは不適切なクレームではない。意味のあるクレームだろうと思うし、メリットよりリスクが過大だからやめようという話だと思う。しかし、適切な主張なのに相手を「委縮させる」事によって目的を達成してしまったら、他の不適切な主張が通るようになってしまう、という事)

また話がそれた。
委縮させない方向ですすめてほしいという話。
委縮がすすめば、学校で出来る事はどんどんつまらない、しらけた事のオンパレードになる。
ただでさえその傾向強いのに。
例えば、多くの企業は学校での社会貢献活動をしたがるが、学校はそれを嫌う。
なぜか。
その学校には、当該の企業のライバル企業に勤める親を持つ子もいるからだ。
その小さな可能性を気にして、大きな可能性に尻込みしてしまうのだ。
これは良い状態ではないと思う。

もう一つ。
それは、ますます学校を孤立させることになるからだ。
「どうせ俺たちのやる事なんか…」という気持ちになる。
出来るだけ、学校の外とは関わらない方がいいという気持ちになる。
これって、前向きではない。
学校は社会から様々な使命を背負わされて抱えきれない状態になってきているのに、
つまり、学校外と関わらずには教育環境を保てなくなりそうなのに、
孤立させていいはずがない。

というのも、学校が抱える課題は組体操だけではない。
恐らく、組体操廃止運動をしている方々にとってはそれだけがターゲットであって、
それを達成すればいいのだろうが、当然の事ながら難しい問題はそれ以外にもたくさんある。
委縮体質・孤立体質を深める事は全体としてはかなりマイナスだと思う。

もし、組体操問題だけでなく、教育環境全体が改善される事をともに考えてくれるなら、
委縮による撤退ではなく、冷静な判断による撤退を学校現場とともに達成できる方向で持って行って欲しい。
少なくとも、最初から対話を目指さず、小馬鹿にして、反感を買う事を織り込み済みでやるのはどうかと思うな。
(繰り返しになるが、主張そのものを否定しているわけではない。というか、リスクがありすぎるものをやる事は、僕も反対。)

このような事を考えたきっかけは、廃止運動の中心にいる内田氏のツイートだったりする。
なんだか、小馬鹿にするような書き方が多い。
例えば

uchi1

なにより、これでは伝わらない。

学校現場からの反発が大きいみたいなツイートもありましたが、そりゃそうだ。
内容うんぬんより、感情的な嫌悪感をかきたてているように見える。

今後、このようなスタンスの勢いが強まれば、組体操は全体的に縮小していく可能性があるだろう。
そういうものには委縮しますから。
PTAを通せば簡単に動かせる、みたいな高校教諭からのツイートもありました。
その通りでしょう。

しかし、できれば、学校が委縮して、孤立して、ふてくされてやめるような方向にはならず、
冷静な判断でやめる方向に行ってほしい。
小馬鹿にして、現場を敵にして仲間を募るのではなく、
現場と粘り強く対話するようなやり方で事が達成されて欲しい。

何度も言うが、組体操だけが学校の抱える課題ではない。
学校組織が外と関わりながら達成すべきこともたくさんあるし、
外とつながることによって防げることもたくさんあるだろう。
内に閉じこもる傾向を強めるのは、全体的に見ればマイナスな気がするな。

主旨はごく正しいんだから(←私にはそう見えます)、きちんと伝えればいいのに。
学校が委縮して孤立すれば、その他の多くの問題の解決を困難にさせてしまう。

そうなりませんように。

・・・そんなわけで、趣旨には同意するけど、伝え方にムズムズしてしまいました。

こんなのは、外野からのどうでもいい反応なんでしょうね。
内田良氏はじめ当事者の方からしたら、ラジカルにすすめなあかんぜよ、変わらんぜよ、てな想いなんでしょう。
わかりますが。

ムズムズしちゃったので適当に書いたら、また長くなりましたね。

そしておやすみなさい。

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※この投稿の続編を書きました → 続・組体操廃止運動に思うこと

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組体操廃止運動に思うこと」への1件のフィードバック

  1. 組体操について、こんなまとめ(Togetter)がありましたので紹介します。
    「小6『組体操やめたい』 学校の対応は・・・?」
    http://togetter.com/li/873801

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