お、おっそろしいけど、面白そうな研究 ~説得コミュニケーション研究~

学校に関わる判断をする時って、何が正解かは殆ど読めないんですよね。
(正解という言い方も問題あるかもしれませんが)
それは、子どもに関する不確実性がハンパない(表現が雑でスミマセン)事もありますし、
また、どれが正解か、というのは人の信条に依存する部分がかなりあります。

A案とB案のどちらが子供の学びに結びつくか分からない。
A案とB案のどちらが「混乱」を生みにくいか分からない。
A案とB案のどちらが保護者の理解を得やすいか分からない。

それでも、決めなきゃいけないんですよね。
正解が分からないが故に、
過去の正解にこだわり過ぎるきらいもあります。。。
学校が保守的だと指摘される背景には、この要因も一部あるかと思います。

・・・話がそれました。

何が正解か分からない中で判断をする時には、
単純な論理以外の部分の影響がかなりあります。

・誰がそれを言っているのか(印象マネジメントの部分もあります)
・どんな手続きでその案が出されているのか(根回しなども大事です)

などなど。。。
このへんの物事のすすめかたを評して、「うまいやりかた」「うまくないやりかた」などと言ったりします。

学校運営の中で物事を決めていける人は、この辺の扱いが実は非常に上手な気がします。
そういう人が管理職になってくれると、学校がスムーズにまわるんですが、
結構、そうでもない場合が多いようです。。。(含:愚痴)

さてさて、その辺の「回し方」に関わる部分で、
興味深い研究がありました。

説得コミュニケーション研究です。

要は、「説得」についての研究です。

あんまりにも「説得スキル」が高まりすぎると、それはそれで恐ろしい(交渉屋か!)ところはありますが、
でも、どこか、そういう事への客観的な理解も必要なように思います。
正解がないなかで、責任を持って判断し、そこに対するコンセンサスを作っていく力は
どこか必要なように思います。

繰り返しになりますが、校長等にはこういうスキルをある程度もっていてほしいものの、
こんなんが上手くなりすぎてしまったら、各教員の自律的な判断やらはないがしろにされやすくなるわけで
それもどうかとは思います。
でも、一定程度は必要なように思います。

以上、思い付き徒然ノートでした。

参考リンク、貼っておきます。
http://www.oak.dti.ne.jp/~xkana/psycho/social/social_16/
http://psychologybotttt.seesaa.net/article/223409192.html

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