月別アーカイブ: 9月 2014

10/15 リフレクションに関わるゆるトークのUSTします

【リフレクションに関わるUSTのお知らせ】

・10/15 19:00~
・参加はこちら→http://www.ustream.tv/channel/nakaharalab

ここ数年、自分の研究対象が教員の熟達・成長に広がっています。教員の成長にとって、研修などで何かを与えられて学ぶことももちろん重要なんですが、加えて、自分の中から、自分の経験から何かをつかみ取り、それを成長につなげるという事の重要性がかなり指摘されてます。
その「自分の経験から振り返り、何かをつかみ取る」というのを「リフレクション」といい、個人がどうやってリフレクションするか、組織としてそれをどう促すかが、教員の熟達研究の一つの鍵になっています。
で、これが教員に限った話でないのは、お察しの通りかと思います。企業や医療現場など多くの職場においても、経験の中から持論化したり、そういった事によって自らを伸ばしていく事、あるいは、組織としてはそれを促していく事は重要な話題になりうるものだと思います。
今回のUSTはそのリフレクションに関わる理論や実践についてゆるゆるとトークするという形になっています。どんな内容になるかは、その場の流れ次第ですが、実になる楽しいお話になると期待しています。
個人的には、普段から共同研究している坂田先生(企画者・青山学院大学)、中原先生(東京大学)、中田先生(帝京大学)の間でどんなトークが繰り広げられるか楽しみにしてます。

あ、私はADします。

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「リフレクションの理論と実践」
 マネジャー育成、看護教育、教師教育から語る
 学びにつながるリフレクションとは?
 ゆるっと語るリフレクティブトークセッション!?
2014年10月15日 午後7時ーゆるっと開始・ゆるっと終了
無料、どなたでもご視聴いただけます
(参加はこちら)http://www.ustream.tv/channel/nakaharalab
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このたび、リフレクション研究の世界的第一人者であるフレッド
コルトハーヘン先生の来日にあわせ、看護教育・人材開発・教師教育
などの研究者・実践者が集い「リフレクションについて語る」番組を
おおくりします。
1980年代より語られているこのテーマも、日本においていざ実践は
まだ道半ばという状況ではないでしょうか。
コルトハーヘン先生は、自己学習のためにはリフレクションは
欠かせないと述べています。自己学習といえば、今後フィールド
を問わず、さまざまな人材育成に必要なキーワード。
そこで、今回は様々なフィールドからメンバーが集い、
リフレクションをキーワードにそのフィールドの実践、課題、問題点
について語ります。リフレクションについて一度まとまった話を聞い
てみたいと考えていた方、より深く知りたいという方にも必見の番組
です。
どうぞお誘いあわせのうえ、ご覧ください!
代表者:坂田哲人
http://ted.airy.org/wp/

いつか読まねばならぬ論文

いつか読まなきゃって思ってると

だいたい、後回しになるよなぁ。。。

だから、気付いた時にすぐ読まんとね。

最近はコレ。

白石2009「組織学習と学習する組織」

読まなきゃ読まなきゃと思いつつ、後回しになっている。

タイトル的にはめっちゃ興味深いんすけど。

あぁぁあぁぁぁぁあx

続・組体操廃止運動に思うこと

最近また盛り上がってますね。
と思ってたら、急に前のエントリーに関わるPVが伸びてました。。。

組体操廃止運動に思うこと

いくつか、補足をしたいと思います。
(今回も研究モードではないです。現場モードです。)

●「外野は黙ってろ」ではない

巨大組体操はやめた方がいいと思います。
そのための社会運動は有意義だと思います。

ただ、内田さん(おそらく先輩)がやっているような、嘲笑で盛り上げて「よってたかってバカにする」みたいなのはやめた方がいいという事です。
普通にRTして問題点を指摘すればいいのに、前のエントリーで指摘したような、完全に嘲笑したtweetいっぱいありますよね。

そこに僕が感じるのは、「学校的なもの」に対する嫌悪です。

巨大組体操に対する問題視だけでなく、どこか、「学校的なもの」に対する嫌悪がにじみ出ているように感じます。
特に組体操は、その歴史的な背景やら諸々あって、おそらく教育社会学の方が忌み嫌うような「学校っぽさ」がムンムンに出た取組ではあります。

それを嫌う人がいるのは分かりますけど、巨大組体操の危険性やそこに冷静になれない問題と、学校を嫌う気持ちとは切り離してほしい、という事です。
何故なら、必要以上に委縮させるから、という事です。(この点については後述します)

僕にはそれが混在しているように見えます。
違ったらすみません。

●組体操そのものの問題と巨大化組体操の問題

上に書いたように思う理由の一つが、巨大化組体操への批判と組体操そのものへの批判の混在です。
これも上に書いたように、組体操そのものが嫌いという気持ちを持つ人がいるのは分かります。
でも、もともと問題にしていたのは組体操そのものでしょうか。
今まで行われてきたような、普通の組体操もやっちゃだめですか?
組体操に感動を期待する事は悪ですか?愚ですか?

それだけに熱狂して、【安全かどうかを無視する事=巨大化ピラミッドを行う事】が悪であり愚ですよね。

という事が言いたいのは何故かというと、「組体操で成長なんかしなかった」「組体操で感動なんかしなかった」みたいなのがたくさんRTされてるからです。
「巨大ピラミッドは嫌だった。危なかった。怪我をした。意味なかった。」的なものにまざって、そういうものがRTされてますよね。

逆方向から言えば、「巨大化ピラミッドで感動させたい」を批判するのは分かるんですけど、「組体操で感動させたい」「組体操に成長を期待する」的なもの全てを批判してるように感じます。

そこが混在している事から、「組体操そのものへの嫌悪≒学校的なものへの嫌悪」がにじみ出ているな、と私は感じました。

私の勘違いかもしれません。

●教育効果云々

これは、本筋から離れますけど、上記の点に関わります。

RTされた多くの「教育効果なんか感じない」のもともとのtweetに関わるものです。

(組体操そのものに)「教育効果なんか全くない」みたいに感じる人もいるでしょう。
文化祭も体育祭もそう感じる人もいるでしょう。

それはそうでしょう。

行事一つで大半の子が成長するなんて、絶対にあり得ないっす。
むしろ、一つの取り組みで例えば人数的に言って1割も成長するような取組なんてないでしょう。

行事なり、掃除なり、普段の授業での一言なり、ケンカのあとの一言なり、、、
一つ一つの取組で成長する人は一部であり、でも、多様な出来事があるなかで、その「成長する人」が移り変わりながら、
結果的には、全体として成長していく。
学校での取組ってそういうものじゃないですか?

一つ一つの出来事を個別に取り上げて「成長を感じた人」と「成長を感じてない人」を比べたら、
成長を感じてない人の方が大いに決まってると思います。

普段の出来事の中に効力感を感じられていないけれど、組体操の中ではそれを感じられる子が一部でもいれば、
あるいは、保護者や地域も含めた全体の中で一部でもいれば、
【それに見合う、最低限のリスクに抑えられるのであれば】組体操(巨大化組体操ではなくね)をやる事って意味があると思いますよ。

それは、結論としては、内田さんらの本来の主張である巨大化させない普通の組体操って事だと思います。

巨大化させたらリスクとリターンが完全に見合わない。
普通の組体操なら、それは、どちらも小さいながらもバランスはとれるんじゃないでしょうか。

ただ、「自分がそうだったからリターンゼロ。故に廃止。効果があるとか言ってるやつはアホ。」みたいなのは単純すぎるよなって事です。

これって、学校教育が語られる時にいつもある問題かもしれませんが。

●学校の委縮と巨大化への熱狂が何故両方存在するか

これは単純なことです。

違う学校であり、違う地域だからです。
巨大化の熱狂に支配されている学校(地域)と、下らないクレームに弱い学校(地域)は別だという事です。
前者は批判されるべきであるけれども、それが後者に属する多くの学校に及ぶのは良くない、
そして、それが起きるのは、巨大化組体操への批判と組体操そのものへの批判が混在するから、というのが自分の考えです。

もう一度。

【巨大化の熱狂に支配された学校はもっと委縮すべき(というか冷静になるべき)だ】

というのは完全にその通りだと思います。
そういう運動をやりたいのだということは良く分かります。
それは完全に正しいし、熱狂に支配された学校は、本当にどうにかすべきだと思います。
その意味で、この社会運動は有意義な事だと感じます。

じゃー自分が何を問題に感じているかというと、

巨大化組体操への批判に組体操そのものへの批判を混在させてしまうと、多くの普通の学校まで委縮させてしまう、という事です。

巨大化させずに普通に組体操をしている多くの学校、これは、周りの目に敏感になっている多くの学校と言ってもいいと思いますが、、、組体操そのものへの批判まで及んでしまったら、そういう学校にまで委縮が及ぶという事です。

だから、

【巨大化組体操への批判と組体操そのものへの批判は切り分けるべきだ】

という事です。。

学校的なものを嫌うのも分かるけど、それがにじみ出て組体操そのものへの批判にまでつなげちゃったら、多くの普通の学校(今回のもともとの問題とは関係ない、安全を考えて普通の組体操をやっている普通の学校)まで委縮させちゃうから、やめてほしーなーーー。

そんな感じです。

まぁ、前にも書いたけど、運動やっている人からしたら、
ラジカルにすすめなあかんぜよ、そんな事気にしてられんぜよ、
気にしてたら結局対して変わらないっつーオチになるでしょ。
みたいな事かなと思います。
確かにそうなんだけど。

巨大化ピラミッドは早々にやめてもらわんといかんしね。
大怪我させられたらたまったもんじゃない。
後遺症残るような事が起きたらたまったもんじゃない。
確かにそうなんだけど。

でも、出来る事なら、ちょっと切り分けてほしーなー的な感じです。

「一部の問題(学校)を批判して、学校教育全体が委縮していく」といういつものパターンが見える気がして。。。

そんなわけで書いてみました。

おしまい。

工学会、発表してきました

今日まで教育工学会でした。

校務分掌におけるリーダー経験と若手教員のキャリア意識との関係に関する研究
町支 大祐 [東京大学],脇本 健弘 [青山学院大学],讃井 康智,中原 淳 [東京大学]

組織的なメンタリングにおけるメンタリング行為の継承性に関する研究
~メンティからメンターへの移行~
脇本 健弘 [青山学院大学],町支 大祐,讃井 康智,中原 淳 [東京大学]

二つのポスター発表がありました。

今日はもう眠たい(午前三時)ので、あとはFBからの転記だけにしときたいと思います。

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今回が初めての教育工学会でした。

大会自体も初めてなんですが、ポスター発表も初めてでした。
最初はとまどいもあったんですが、対話しながらというか、説明し、質問を受けながら発表をするという形は、結構エキサイティングで楽しかったです。

それから、今回、初めて出会う方もたくさんいらっしゃいました。
懇親会等で色んな方にご挨拶させていただきました。
(脇本さん、いろいろ繋げて下さってありがとうございます。)
エネルギッシュな方々がたくさんいて、今後のつながりがとても楽しみです。

また、今回は中学からの同級生と一緒に学会に参加しました。
彼は自分で起業していて、リフレクションやそのためのツールなどについての事業をやってます、つまり生粋の研究者ではないという事です。
彼が「学会」とか「研究」とかについて述べる感想、それを自分としてどう受け止めて、どう返そうかと考えるうちに、自分にとっても「学会」とか「研究」が何なのかについていつのまにか少し整理できていたように思います。
併せて、これまでとは異なる文化を持った学会に参加する事で、自分自身の学会や研究との向き合い方、、、というか、自分自身の生き方をどうしていきたいのか、これからどうなっていきたいのかについて考える機会になっていたと思います。

というわけで、自分にとってはとても良い機会になったと思います。
発表でのコメントを含め、色々と話をして下さったみなさま、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。

明日から教育工学会です

タイトル通り、明日から教育工学会です。
今夜から名古屋入りします。
(会場は岐阜大学です)

今回、初めての事が三つあります。

まず、工学会が初めてだという事。
発表内容もそうですが、これまでとは違う「人」に会える気がします。
楽しみです。

二つ目は、ポスター発表をするという事。
これも初めてです。
今までポスター発表を見た事もありません。
昨日すでに印刷したんですが、ちゃんと出来ているんだろか。
脇本さんのポスターを参考にさせてもらいました。
不安半分ですが、とりあえずやってみようと思います。

三つ目は、高校時代の友達と回る事。
これまでも、中学教員時代に一緒に授業を創ったり、
彼の会社が関わるイベントで焼酎を売ったりなど色々と一緒にやってはきたのですが
学会を一緒に回るのは始めてです。

リフレクションツールの開発なども手掛けられてるので、
その関係で興味を持たれたんだと思います。
彼とまわれるこも楽しみであります。

そんなこんな、諸々たのしみですが、日曜まで連日なので体調崩さない事にも気を付けたいと思います。

ではー。