明日というか今日は、成人式。

今日は髪を切りに行った。
わけ有って、昔通っていた美容院に行った。
ここ数年は、正直あんまりお金なくて(←切実)、1000円カットとかに行く事が多くなっていたんだけれど
今日はちょっと久しぶりにと思って、昔、通ったお店に行った。

すると、美容院はなんだか慌ただしかった。
明日が成人式ということもあるのだろう。
着付けはやっていない、との事であったが、そうでなくとも、
成人式の当日に髪のセットをお願いする人は多いのだろう。
なんだか落ち着かない様子。だった気がした。

そんな様子を傍目に感じながら、昔も切ってもらっていた店長さんにカットしてもらった。

髪を切ってもらいながら、かつての話になった。
僕が良く通っていた時期は、そのお店も開店当初で、色々と覚えていてくれたらしい。
自分が中学校の教員をしていた事や、
そのころに吐露していた職場での出来事などについて、思い出話をした。
そんな話をしながら、僕は、その店に通わなくなった頃の事を思い出していた。

それは、父と死別した時期だった。

お店に通わなくなった理由は別にあったのだが、たまたま、時期が重なっていて、
あれから五年もたったんだな、と感じてしまった。

中学校の教員を辞めた自分に、最初に訪れた出来事は、父の脳梗塞だった。
癌の闘病で入院中の父に脳梗塞が発症したとの知らせは、
朝の5時ごろに来たと思う。
そのショックに耐え切れず、うわごとのように同じ会話を繰り返す母を車に乗せ、近所に住む姉とともに、車を飛ばして病院にいった。

それから数か月、別人のようになってしまった父、ボロボロになっていった母とともに過ごした。

少し整理して書いてみようと思ったけれど、まだ、ちょっと無理だ。

にしても、あの頃の事は一生忘れないだろう。

あのころの僕を支えてくれた出来事が幾つかある。

一つは、姉の妊娠だ。
父が衰弱していくなかで、確実に死が近づいている事は分かっていた。
その中で、姉のお腹に赤ちゃんが出来た事が分かった。
姉夫婦はその三年半前に結婚しており、苦労の末に結実した命だった。
父に孫を見せられるのではないか、という僅かな期待が、
もちろん姉にとっても、そして、僕や母にとっても目標になった。
それはかなわなかったけれど、あの時の妊娠がなかったら、家族全体がボロボロになっていたかもしれない。
うちの姪っ子は、我ら家族を救ってくれたんだと思う。
一生、かわいがってやりたい。

二番目は、僕の大学院入学だ。
脳梗塞後、父は、表情が失われ、言葉に反応しなくなっていた。
記憶も出来なくなっていた。
そんな中で自分の大学院生活が始まった。
大学と病院の場所が近かったこともあって、
朝、母と一緒に病院に行き、僕は大学院に行き、また、病院にもどって
母と一緒に帰る。
そんな日々だった。
ある日、父に、ちょっとしたきっかけがあって、大学院の学生証を見せる事があった。
そしたら、それまで表情に乏しかった父が、涙を流して喜んでくれた。
言葉は発せなくなっていたんだけど、「おめでとう」と言ってくれている気がした。
僕が大学院に受かった事は覚えてくれていたのだ。
本当はそうではないのかもしれないけれど、僕は、そう受け取った。
だから、僕は、どうしてもこの道を全うしようと思った。
看病を続けながら必ずやりとげようと固く決意をした日だった。

三番目は、自分が送り出した卒業生の話。
僕が卒業生を送り出し、その十数日後に中学校を辞め、そして、その後、父が倒れたという話は
どこからか卒業生に伝わっていた。
それを知った卒業生が、僕を元気づけようと、サプライズをしてくれた。
ある日のある時間に、一斉にメールを送ってくれたのだ。
確か、大学院の講義の最中だった。
次々と送られてくるメールを見ながら涙ボロボロ流した。
本当に、自分は幸せものだと、
素敵な子どもたちに恵まれて、苦しいなかでも本当に幸せだと感じた時間だった。
思えば、父が脳梗塞になる前、最後に(当時は最後なんて思っていなかったが)
「僕の晴れ姿を見たい」と言って病院から外出して見に来てくれたのは、彼らの卒業式だった。
卒業生の家族にまざって、ニット帽にマスクという変な格好のオジサンがいた。
まさか、教員の家族とは誰も思っていないだろう。
でも、あの素晴らしい卒業式を父に見せられた事は本当に幸せな思い出になっている。
卒業式の様子に、その学年の三年間が表れると言っても過言ではない。
あの代の卒業式は、共生されたわけではなく、みんながお互いに別れの感情を共有していて
でも、どこか凛々しくて、本当に素晴らしい卒業式だったと思う。
教員集団も仲が良くて、みんなで袴を来た。
本当に「晴れ舞台」で、。

とにかくあのころは、学校が生活の殆どで、面白い授業を作りたいって事と、子どもたちとイイ集団を作りたいって事、野球部を強くしたいって事、それに没頭していた。
父との思い出も、強くそれに結びついている。
東大の経済学部から公立の教員になりたいと言った時、家族親戚みんな反対だったけど、最初に背中を押してくれたのは父さんだったな。

今日は、卒業生と、父と、両方を思い出す、そんな日だった。

明日は、そんな彼らの成人式。
教員時代にかよった美容院に行ったのもそんなわけ。
ちょっとふとっちゃったけど、髪ぐらいは整えていかねば。

成人式の日に行われる同窓会に呼んでもらったのだ。

髪を切って、仏壇に手を合わせて、卒業アルバムを見返してみた
みんな大人になってるかなぁ。

楽しみだ。

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自分が教員の研究をしているのは、やっぱり、教員という仕事が好きだからだと思う。

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