初任大学教員の夏の憂鬱と高校野球 〜ルーティンワークと作業興奮〜

夏休みに入りました。
前期の数ヶ月、大学の仕事のやり方になれるのに随分と神経を使いました。
誰に何を言っていいのか、あるいは、何を言わなきゃいけないのか。
そういった組織の中での「振る舞い方」を身につけるのに苦労した。
特に、センター所属の教員はそういう事に気をつけなきゃいけない。

毎日、そういう事をやってるなかで、悩んでいた事がある。
なかなか自分の研究に時間を使えないということ。
僕は任期つきの職だから、とにかく研究の業績をあげて次の職にいかねばならない。
でも、そのための研究が出来てない。
そのことで頭を悩ましていた。

で、夏休み。
やったーーー、時間が出来たぞーーーー、研究するぞーー。
と、思ったんだけど。。。

やる気がでないw
結局、やる気がでないwww
なぜだ。あんなにやりたかったはずなのに。
論文が頭に入ってこない・・・
ひぃぃ・・・

これが初任大学教員の夏の憂鬱。

そんなことに悩みはじめた時、あることをきっかけに、少し気持ちが論文に向くようになった。

それがルーティンワーク。

パソコンを開いた時に、音楽をかける。
頭にスイッチを入れるために曲をかける。
毎回同じ曲をかける。
そうすると、スっと集中できる。

僕の場合、フェイウォンの夢中人とAIのハピネス。
別に研究を歌ったものじゃないけどね。
毎回コレを聞くと「さ、始まったな」という気持ちになる。

というわけで、研究が少しずつすすみつつありますwww

がんばりますw

ところで、この季節になると気になるものの一つが高校野球。
テレビを賑わしている。
そして湧いて出てくるのがニワカ解説者。
たいして分かってないのに、あーだこーだと偉そうに語る。
かく言う私もその一人。
中学校で野球部の顧問をしていたこともあって、(もともと野球は好きだったんですが)ここ10年くらい、ますます好きになってしまい、周りに人に勝手に解説してウザがられている(と思われます)。

例えば、今日の東海大相模vs遊学館。
初回にやってしまったピックオフプレーのエラー。
やっと落ち着きかけたタイミングでやっちゃった、しかも、ちょっと欲張ってやっちゃったあのエラー、痛かった。
あのタイミングでやるかなぁ。。。ま、「采配に正解はない」けどね。。。でもね、「俺ならやらないな」

・・・とかね。

どんだけ偉そうなんだ。
「俺なら」って、俺がそれをやる可能性は万に一つもない。
いや、五千万に一つもない。
そして誰も聞いてない。

それでもこうやって語っちゃうんですね。

そんな僕が最近注目してるのは、チームのルーティンワーク。
マウンドに集まってみんなでピョンって飛ぶとか。
みんなで空を指差すとか。
たしか、10年ぐらい前に駒大苫小牧?でやってたのが流行って全国に広がっていったのかな。
よくわからんけど、特に最近は、ピンチの時なんかにマウンドに集まった時に皆でやってるパターンが多い。


こんな感じ

ルーティンワークの定義というか、説明は、
「ルーティーンを行なうことにより,…必要な思考や感情を一つにしてくれるのである.つまり,ルーティーンは,ゲームに対していいプレーができようが,あるいはスランプに陥ろうが,また神経質になろうが最高のプレーがコンスタントにできるために必要不可欠なもの」(仲・帆足2006)

である。
自分としては、「気持ちのブレをおこさないために、毎回同じ行動をする」みたいな事とざっくり理解したw

で、高校野球を見ながらその様子を見てると、そのチームがきちんとトレーニングされてるかどうかが分かる気がする。
例えば、チームのルーティンをまさに惰性のように行っているところがある。
ルーティンワーク自体が気持ちに流されているという感じ。
負けてる時は、くらい顔のまま、ダラっとやって終わる。

一方、まさに、「気持ちをリセット」して「いつもの状態」に戻ったかのような感じでプレーに入っていってくチームがある。

前者は、おそらく目的も分からないままルーティンワークをやっている。
多分、先輩がやってたからとか、代々やってるからとか、そういう理由でやっているだけで、目的意識をもってやっていないんだろう。
そういうチームは、結局、練習全体も「目的」を意識してやるのではなく、やれといわれたからやっているとか、そういう状態、なんじゃないだろうか。
ただ、いい子を集めたとか、監督が怖いから一生懸命やって、その勢いのまま勝ってきてしまった。

みたいな。

で、結局、負けるんだよね。

そういうとこは。

・・・ハッ、気付いたらやっぱり「にわか解説者」をやってしまった。

でもやっぱり、ルーティンワークの大切さはすごく感じる。
流れや、集中力が大きく結果を左右するスポーツの世界において、すごく機能しているように僕には見える。

で、ここまで書いてくると、気になるのは、「なんでルーティンワークをすると心が整うのか」ってこと。
そこでルーティンワークについて研究した論文を探してみた。
サイニーでルーティンワークをキーワードにして探してみると、24件。
そのうちほとんどが、ルーティンワークを否定的な意味で使ったエッセイ・・・

うーむ。ないのかなぁ・・・と思っていたところに、

「野球におけるルーティンの重要性について」(仲・帆足2006)

あった!しかも、野球!!
帆足という名前を見て、一瞬、「ん、あの帆足?プロの合間に大学院行ってたんか?ドキドキ」とか思ってしまったが、違った。
この論文は、バッターのルーティンを研究したもの。
斜め読みしかしてないけど、なんか面白そう。
結論だけ見てみると(笑)、ルーティンワークをしたバッターとしないバッターの打率とかを比べた感じ?(すみません、読む暇がありませんでした)

ただ、結果には、有意差がない、と・・・

うーむ。

そして、理由についてもあまり明確ではない・・・

なんなんだろ。。。

僕が勝手に思ったのは、クレペリンの「作業興奮」。
『やる気になるにはどうするか、とりあえずやってみればいい』みたいな話です。

無理やり始める事で“やる気”が出てくる!『作業興奮』という心理
http://matome.naver.jp/odai/2138059460481420301

やる気でなくても、やり始めれば、脳が活性化して、なんとなく集中するって話。

でも、これって、ちっちゃな?つきますよね。
やる気でないとやり始められないじゃん。っていうね。
ま、なんとか無理矢理やり始められるとしても、それ結構つらいじゃんっていうね。

んで、そこにルーティンは作用するんじゃないかと。
つまり、その作業自体は始まってないんだけど、脳的にはその作業が始まっている事を意識する、という。
やる気が足りなくて研究を始めるには至ってないんだけど、いつもの曲を聴いていると、これまでの記憶から、「お、研究が始まってるな」という意識になり、作業興奮が作用してやる気が出てくる、と。
んで、そのやる気にのって、実際に始める、みたいな感じ?

それが身体化されていくと、心を整えることにつながる、みたいな?

そんな事を思いました。

ほんとのところは知りませんけどね。

さてさて。

今日は高校野球と私の憂鬱を通して、ルーティンワークや作業興奮について書いてみました。

というわけで、フェイウォンを聞いて仕事(ニュースレター作り)に戻るとしよう。

わちゃー。

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