月別アーカイブ: 1月 2016

「キレイゴト」を言う仕事

僕は、教員の仕事って「キレイゴト」を言う仕事だよな、と思う。

友達を信じよう、とかね。

キレイゴトだ。

でも、キレイゴトだとしても、それでも、「あの人が言うキレイゴトなら、どこか信じてみたい。」そう思わせるような、そんなキレイゴトってある気がする。。。

自分自身、そういう教員でありたいなと思っていたし、これからもそれを目指していきたいと思う。

そういうキレイゴトって、キレイゴトを心から信じて目をキラキラ輝かせながら言うものではなく、キレイゴトでは世の中すまない事を知っていながら、それを背中に感じながら、それでも出てくるキレイゴトなんじゃないかと思う。

わからないけど。

キレイゴトの裏にある事実、それに対する理解、深い洞察、それを踏まえて、それでも出てくるキレイゴト。

そういうものだからこそ伝わる何かがあるんじゃないか、という気がしている。

自分自身、前から感じていたことだけれど、

この2冊を読んで改めて思った。

好きな本。

自分は現場の人間でなくなってから何年もたつけど、

そういう、教員としての生身の自分を思い出させてくれる本。でもある

なぜあの先生は誰からも許されるのか 吉田和夫(2013)
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よくわかる学校現場の教育原理 堀裕嗣(2015)
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教科書を読み直してみようシリーズ① : 新しい時代の教職入門

僕は、教育学に関して基礎的知識が足りないなと思うことがあります。
そもそも学部が教育じゃないという背景もあります。
それに加えて、働き始めてからは、仕事に関わる話はよくする一方、
アカデミックな会話をする機会が減っています。
その結果、重要なワードとか概念を忘れちゃったりするのです。

ま、忘れちゃうような語は無理して思い出す必要ない、
という話もあるかとは思いますが。

でもまぁね、基礎的なワードぐらいは、頭に入れておきたいよな、という気持ちがあります。
そんなわけで、改めて、教科書を読み返してみようと思っています。

第一弾は、新しい時代の教職入門

以下は、かつて付箋したとこ、今回気になったとこを列挙したもの。
メモ的にね、書いてみた。
これだけ読んでも、何のことなのか伝わらないとは思いますが、
自分のために(笑)残しておきます

——————–

教員の職務の特徴
→無境界性、複線性(同時並行、優先順位変化)、不確実性

shave,.,1979
→3分に一回重要な意思決定

感情労働 Harg,,,2000
→認知、感情、行動が深く結び付く
感情がやりがいに繋がる。一方、環状を圧し殺したシャドーワークでの消耗も。

ジレンママネージャーとしての教師
→思いが交錯。背景の相違

授業デザイン
→テーマを設定する、コミュニケーションを組織する、認識を共有する

テーマ設定のために
→(教材をふまえた)願いの明確化、環境をふまえる、こどもの事実をふまえる

こどもの事実
→事前予想、目の前の事実、授業への対応

教師の知識
→PCK授業を想定した知識[ショーマン
→カリキュラム、生徒の理解、教育方法、それぞれに関する知識[グロスマン

授業における教師の役割[吉崎1991
→アクターとしての教師、デザイナーとしての教師、エバリュエーターとしての教師

教育的な働きかけをするための即興的な判断。それが期待される瞬間→教育的瞬間[ヴァンマーネン1991 (教育的契機?

省察の深さのレベル[ヴァンマーネン1977
→技術的省察(目的への手段が効率的か)、実践的省察(目的の再検討)、批判的省察(社会的公正との関係)

アクションリサーチ
→改善を目的とし、改善するための行為を研究対象に含め、問題解決のプロセスを捉え、独自の理論を生み出していこうとする事例研究
・「私は何ができるのか」を問いながら、手続きや解釈を捉え直すので、必然的に自分の価値観が問い直される。秋田市川2001

子どもの心を傾聴するのに必要な物
→忍耐力:言葉が結晶するまで待つ
 ノンバーバルなメッセージに気をくばる

教師がカウンセラーになる上での難しさ(カウンセラーに限らない?)
→個と集団のジレンマ、評価する側される側という上下関係、自分がなんとかしたいという使命感

浦野2002
→同僚生は学校改善の重要事項

同僚生の発展形態(little1990)
→話す見る、援助、共有、協働

教職の専門性
:教員の地位に関する勧告 1966
→研究によって維持獲得される知識技能が必要
 (専門性必要)→専門家には自律性与えるべき
 (自律的であるべきだけどなんでもいいわけではない)→倫理綱領・行動綱領必要・・・日本は1961改定の日教組倫理綱領しかない

:教員の役割と地位に関する勧告 1996
→多様な情報共有者やパートナーを子どもの学びに即して調整する存在

教員の思考様式[佐藤他1990,1991
→①即興的思考②状況的思考③多元的思考④文脈化された思考⑤実践的思考(思考の再構成)
背景:子ども認識、教養、教育観

グローバリゼーションと教育
かつての教育のエネルギーは「国民を生み出す&大量生産用労働者を生み出す」
→グローバリゼーション=国の枠組み弱・求められる人間変化で多様に
→変化必要(ちょっと今より古い話かも)

——————–

以上。
上にも書いた通り、これだけ読んでもわけわからんと思いますが。

しかし、今回、改めて思ったこと。

教科書って、いいよねぇぇ。
重要な論文やキーとなる概念を一通り整理して並べてくれてるし、勉強になる。。。
いまさら、と思わずもう一回読んでみるのって結構いい。
当時はなんとなく耳から入っても「ふーん」ぐらいだったものが、
今ならいろんな話と結びついてきたりする。

例えば、省察の深さの話。
リフレクション系の先生たちが話題にしていることの中に
【個別の目的にとってどうなのか、その目的は自分にとってどうなのか、それは社会にとってどうなのか】
と言ったような話があった。

改めて読むの、いいよね。
そういや、来年からの講義のネタにもつながりそうだし。

ということで、今後もたまに、教科書系を読み直してみようと思います。

メンター方式とは③ : 内容や手法の紹介

メンター方式に関わる記事、第3弾。
前々回(第1弾)、前回(第2弾)に続き、今回は具体的な取り組み内容や方法について。

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メンター方式とは① : 中教審答申「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について」を受けて
●メンター方式とは② : なぜ今メンター方式なのか
●メンター方式とは③ : 内容や手法の紹介 ←ココ
つづく
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自分がずっと関わってきた横浜市では、「メンターチーム」というやり方を取っていました。
これは、「複数の先輩が複数の後輩の熟達を支援する」という形。
横浜市の資料では下のような図で体制が組まれています。

長友2015_18
(長友2015「大学・教育委員会と連携した若手教員のキャリア形成」:18)

実際のメンターチームは、下半分。

つまり、基本的な参加者は、1・2・3年目と5年次(6年目)、10年次(11年目)。
それより上のベテランや管理職は、時に参加したり参加しなかったり。

誰がリーダーになるかは学校によって異なると思います。
5年次のうちの一人が長になって、10年次が補佐していたり。
10年次が中心になって方向性を決めつつ、5年次が運営の中心を担っていたり。
人的条件にもよるところなので、色々あると思います。

また、どの程度開催されるかもまちまち。
確か、小学校では週1もあったり。
中学校では、月1が中心だったかな。
で、一回の長さは中学校のほうが長かったり。

で、何をやるか、という話だと思います。
これも色々ありました。
テーマとして印象に残っているのは、
①具体的な授業について相談する
②特別教室の使い方
③長期休み前にどんな話をするか
④子供理解の方法とは
⑤悩み相談
などいろいろ。

そして、やり方も、いわゆる授業研究的に討議を行ったり、先輩の授業を実体験してみたり、ワークショップ的に対話を行ったり、サイコロトークもあり、あるいは、普通の講義もあり。
ま、これも色々です。

と、ここまで書いてくると分かる通り、正直言って「なんでもアリ」です。

このような「なんでもアリ」になるのは、実は必然だったりします。
この「【結果的に】なんでもアリになる」理由こそが、メンタリングで重要です。

肝は「自律的に行う」ということです。

手法や内容は、委員会から定められたりしません。
その学校の伝統に則る必要もありません。
<参加者が決める> ということが重要です。
つまり、参加者が授業に悩んでいれば、授業研究っぽくすればいいし。
学校組織にうまく馴染めていなければ、対話重視でいけばいいし。

「参加者のニーズに応じて決める」ことが重要になります。
とすると、初任者らは多様ですから、多様な内容や方法を求めます。
結果的には「なんでもアリ」になる、と。

さて、では、どのように自律的な取り組みを引き出せばいいのか。

↑で書いたリーダーの働きが重要ではあるのですが、どの学校でも行える、ヒントになる取り組みがあります。
<参加者が自律的に行う>という雰囲気を醸すための一つのヒント。

それは、メンターチームの名前を自分たちで決める、ということ。
まず単純なことからでいいから、「自分たちで決める」こと事を重視する。
最初に枠組みを定めるところから、自分たちで行っていく、ということ。

この取り組みは、単純だけど、参加者の主体的な関わりを引き出す一つのステップになる。
そんな気がします。

さてさて、今回の記事に書いたこと、
より詳しい内容は、下記の本に書いてあります。
もしよろしければ、買って読んでみてください(笑)

【教師の学びを科学する:データから見える若手の育成と熟達のモデル】9784762828973

「普段からの声がけが大事」という当たり前の話を実感した時の話

先日、あることで迷うことがありました。
とある学生の表情が芳しくないことに気付き、どうしても気になったので、何か声をかけたいな、と。
でも、その子になんて声をかけようか、という点で結構迷いました。

「大丈夫?なんかあった?」 なのか 「おっすー 元気ー?」 なのか。

つまり、最初から心配する意図を表すかどうか。
結構迷いました。
中学校だと、自然にこういうこと決待っていたというか、迷う暇もないというような状態だったんですが、
今回は、少し余裕があり、余裕があるからこそ、「どうしようか」と考えてしまったという形です。

結論から言うと、後者でした。
良かったのか悪かったのかは分かりません。

この経験を通じて感じたことを先に言っちゃうと、当たり前のことなんだけど、
【普段からの声がけ】ってやっぱり大事だな、と。

なんとなくだけど、最初にかける言葉は、「大丈夫?なんかあった?」ではない、という気がした。
それだと、身構えちゃうんじゃないかな。

たとえ何か異変を感じたとしても、
最初の入りは、やっぱり、「おっすー 元気ー?」っていうような
軽い声がけだと思うんだよね。

そこから初めて、流れに乗って、その子の話を引き出していく、、、
そうしないと、なかなか深層に、真相に辿り着けない。
そういう意味では、「おっすー 元気ー?」から入るのは大事だと思う。

で、かつ、それが出来るには、普段から声かけてる事が必要なんだろうと思う。
普段何も声かけない人から急に「おっすー 元気ー?」とか言われたら、
やっぱりそれはそれで身構えちゃう。

普段から「おっすー 元気ー?」をしながら、

ここぞという時には、

「おっすー 元気ー?」から入りつつも、タイミングをはかってグッと懐に入っていくような。

そんな感じでしょうか。

ま、そもそも、人間関係次第だし、僕の関わったその子が本音を話してくれたのかも分からないけど。
それに、こういうのって絶対的な正解はあるはずはないから↑のような形なら必ず良いと言えるわけではない。
ただ、耳がパタンと閉じちゃったり、心が閉じちゃったり、「この人とは話したくない」という相手だと
認定されてしまったら、何も出来ない。

表情を見ながら、空気を感じながら、【壁が出来ないように】掘り進めていく。
これは大事だろうな、と思った。

で、それをするためには(自分の場合には)、普段からの声がけが大事じゃないかな、と。

さて、本題とは別だけど、その時は、
「この感じ、久しぶりだな」と思った。
●●(●●)【←名前忘れた!】によれば、教員は3秒に1度重要な意思決定をしているという。
こういう重要な意思決定を、無意識に、高速で、かつ的確に行っていく、というのが教員の仕事の一つの側面かな、と思う。

以上。

CHAR(13)   : 1文ごとに改行させたい。mac。

備忘録的メモ。
普通は段落ごとに改行すればいいんだけど、それを「1文ごと改行」の形に改めたい時。

エクセルfor macを使いました。
ウィンドウズだと、置換でも出来るらしい。

=SUBSTITUTE(改行させたい文章を入れるセル,”。”,”。”&CHAR(13))

この式で「。」が「。」+改行コードに置換されますな。
CHAR(13)は、マックでの改行コードだそうです。
テキストマイニングする時、こういう機能を使ったりする。

参考:http://web-memo.co/mac/excel/excel-mac-br-replace/