「普段からの声がけが大事」という当たり前の話を実感した時の話

先日、あることで迷うことがありました。
とある学生の表情が芳しくないことに気付き、どうしても気になったので、何か声をかけたいな、と。
でも、その子になんて声をかけようか、という点で結構迷いました。

「大丈夫?なんかあった?」 なのか 「おっすー 元気ー?」 なのか。

つまり、最初から心配する意図を表すかどうか。
結構迷いました。
中学校だと、自然にこういうこと決待っていたというか、迷う暇もないというような状態だったんですが、
今回は、少し余裕があり、余裕があるからこそ、「どうしようか」と考えてしまったという形です。

結論から言うと、後者でした。
良かったのか悪かったのかは分かりません。

この経験を通じて感じたことを先に言っちゃうと、当たり前のことなんだけど、
【普段からの声がけ】ってやっぱり大事だな、と。

なんとなくだけど、最初にかける言葉は、「大丈夫?なんかあった?」ではない、という気がした。
それだと、身構えちゃうんじゃないかな。

たとえ何か異変を感じたとしても、
最初の入りは、やっぱり、「おっすー 元気ー?」っていうような
軽い声がけだと思うんだよね。

そこから初めて、流れに乗って、その子の話を引き出していく、、、
そうしないと、なかなか深層に、真相に辿り着けない。
そういう意味では、「おっすー 元気ー?」から入るのは大事だと思う。

で、かつ、それが出来るには、普段から声かけてる事が必要なんだろうと思う。
普段何も声かけない人から急に「おっすー 元気ー?」とか言われたら、
やっぱりそれはそれで身構えちゃう。

普段から「おっすー 元気ー?」をしながら、

ここぞという時には、

「おっすー 元気ー?」から入りつつも、タイミングをはかってグッと懐に入っていくような。

そんな感じでしょうか。

ま、そもそも、人間関係次第だし、僕の関わったその子が本音を話してくれたのかも分からないけど。
それに、こういうのって絶対的な正解はあるはずはないから↑のような形なら必ず良いと言えるわけではない。
ただ、耳がパタンと閉じちゃったり、心が閉じちゃったり、「この人とは話したくない」という相手だと
認定されてしまったら、何も出来ない。

表情を見ながら、空気を感じながら、【壁が出来ないように】掘り進めていく。
これは大事だろうな、と思った。

で、それをするためには(自分の場合には)、普段からの声がけが大事じゃないかな、と。

さて、本題とは別だけど、その時は、
「この感じ、久しぶりだな」と思った。
●●(●●)【←名前忘れた!】によれば、教員は3秒に1度重要な意思決定をしているという。
こういう重要な意思決定を、無意識に、高速で、かつ的確に行っていく、というのが教員の仕事の一つの側面かな、と思う。

以上。

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