月別アーカイブ: 2月 2016

やるどー。今年はやるどー。

今年度は、現在の職場に来て1年目で、わりと様子見をしていたように思う。

話をさせてもらったり、研修の機会があったりで、なんやかんややってはいたんだけれども、どちらかというと場が用意されているところでやらさせてもらっていた印象だった。気がする。

これからは自分にエンジンをかけていきたいと思う。

やるどやるどーーー。
何をやるかは決まってないけど。
やるどーー。

もちろん、博論もね。
やるんだけど。
実践者としての自分にも、エンジンをかけるだよ。

今みたいなね、学生がいない時期に言っておかないと。
きっと忙しくなったらフニャッちゃうだろうから。

とりあえず、言っておこう。

ラップトップスタンド

最近、コワーキングスペース的なところに行くことが多い。
結構、集中できる。

もちろん、大学がない日ね。

大学があれば大学行くんだけど、大学のデスクって、必ずしも研究に向いていない。
というのも、私、センターの勤務なので、自分の研究室がないんです。
デスクがあるのは、事務室という感じ。
職員室と言ってもいいかも。

そこは、研究室というか、戦場。
次々にいろいろな話が舞い込んでくる。
仕事は進むんだけど、研究が進むかというと、そうでもなかったりもする。

そこで、研究中心の日はコワーキンぐスペースでやったりする。

20160102112834

↑こんな感じなので、落ち着いてて本当に集中できるのよね。

一番ベースにしているのは、
勉強カフェ 溝の口スタジオ

家からも近く、そして、周りの店なんかも良く分かっていて、過ごしやすい。

先月も、横浜のBUKATSU-DOというところに行った。
ちょっとしかいられなかったけど、過ごしやすかった。
→その時の記事

んで、先日は、渋谷ヒカリエのMOVに行きましたよ、と。

こちら、オシャレで一瞬気おくれしたけど、ガシガシ研究してきた。

んで、そこにいたオシャレピーポーたちが使ってた見慣れないものに目がいった。

それが、これ。

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ほほぉぉーーーー。

ノートパソコンを台に乗せて使う、と。
んで、ノーパソのキーボードではなく、別のキーボードで操作。
ラップトップスタンドというらしい。

しかし、最初に思ったのは、「はて、何のため?」

何でわざわざ別のキーボードで?壊れたんかな?とか思ったんですが、
要は、肩こり抑止らしい。

ターシーカーニー。
ノーパソで目線落とすと、私も結構肩がこる。。。
目線を上げて下を向かないことでそれを防ぐ、と。

ほほー。なるほどねー。

と、思いつつも、「オシャレ気取りグッズやな」という、
訳のわからん突っ込みもしてみたくなる感じ。

ふーん。

興味ないわ。

・・・とか言いながら、ちょっとしたら使うようになってるかもね。

笑。

メンター方式とは⑤ : 事例

メンター関連記事の第5弾です。
これまでの記事は、

メンタリングとは
なぜ今メンター方式なのか
内容や手法の紹介
セーフティネット

今回は、事例紹介。

横浜市教育センター研修だより『メンターチーム特集』

こちらに幾つかの事例が載っています。
事例紹介とか言いながら、自分で書くのではなく、リンクの提示だけです。。。笑
すみません。

では。

20160220奈良女子大附属中等教育学校研究会 

表題の研究会に行った。
分科会は「あらたな学びの方法論と関係性 ~クラウドでの遠距離間共同学習でのディープ・アクティブラーニング、演習でのジグソー法×自己評価ルーブリック×twitter、不確かな未来を生きるための why と共創クリエイト~」

とても面白かった。とても。こんなに頭使って考えたのは久しぶりかもな。

とりあえずメモだけ貼り付けておく。
行かなかった人には意味不明で申し訳ないけど、内容までは書けないので、自分のメモだけ。

————–

★二田先生の取り組み自体が面白い。自らエビデンスを取るというところも。
★溝上先生の本が出てくるところも。全体的にも思ったけど、溝上先生なり三宅先生なり、研究者的な部分がたくさん出てきた。アカデミックな知見がこんなに近い位置にあるのは印象的。
★個別介入の方が深い学びなのはなんでだろ。全体への働きかけだと、他の人と同じ働きかけをされているわけだから、他の人との反応の違いとか気にしちゃうのかもなぁ。もしかしたら。
しかし、個別の働きかけの方って、微妙な距離感が面白いよな。自分に書かれているわけじゃないけど、参考になる。という。
→ これはSNSだからこそかも。個別への働きかけが周りにも見える。
★個々のパフォに目を向ける程、関係性への評価が見えづらくなるかもという問い。→確かに可能性あるなぁ。ただでさえ、関係性を評価するのは難しい。
★「他者の目を必要とする」は大事なんだけど、大人にとって必要と、子どもたち当人にとって必要、というのは少し違う。そこをどうデザインするか。

★異年齢を活かす試み
高校生は、中学生の時の自分を思い出す。
自分の軌跡を振り返る。成長している自分。
→ 今後の成長の方向性を考える。
この取り組みいいなぁ。

★深い学びにつながるアウトプット型の取り組み
インプットとアウトプットの違いはよく言及される。特に、アウトプットが足りないという文脈で。
でも、「とりあえず発信しておけば良いアウトプット」と「伝えるためのアウトプット」では全然違うだろうなぁ。
例えば、プレゼンなんかは、とりあえず綺麗に論理的にやっておけばいいのかもつまり前者。伝えるためだと、相手との違いや、どうやって伝えるか、をめっちゃ考える。相手との違いってのは、相手がどうなのかだけでなく、自分がどうなのかも考えないと。ほんで、自分の言動がどう見えるかも考える。考える考える考えるやな。
で、教えるって活動は、これに適してるかも。つまり、【教えることで学ぶ】は、伝わるまでを目的とするわけだから、こういう感じになりやすいんじゃないかな。「わかってもらいたい」というのは、生得的な欲求としてある気がするし。

★異年齢というのは、「教える」という取り組みにスムーズにつながりやすい。人の成長は他者にとって喜び。分かってほしい、は、生来的欲求かも。

★「教え方」や「問い」については、結構デザインが必要かも。つまり、今回は「詩の読み」だけど、例えば、「大化の改新は何年か」という課題だったら、答えを教えるだけになっちゃう。それに、「答えを教える」んじゃなくて「気付かせる」ように仕向ける、というあたりも最初に方向づけが必要かも。

★模擬授業が深い学びにつながらないのは、この辺りかも。目の前にいる相手が大体内容が分かっているから、伝えなきゃ、という気持ちになりづらいし、「気付かせる」という取り組みにもなりづらい。結果、何も考えない。あるいは、自分がどうやって学んだかを伝えるだけ。
やっぱり、「自分の面白いと思っていることを相手にも面白いと気付かせる」みたいな模擬授業のほうがいいんじゃないだろか。

★★SNSを通じた取り組みが優れていると思う点★★

★読解のペース。
文章で書かれているから、議論の流れを自分のペースで理解できる。
←→トークの議論だとついていけない子も出てきちゃうかも。

★発言のペース
発言のタイミングを焦らなくて良いので、みんなで返答を考えられる時間的余裕がある。
←→トークだと、間が取れない。そのうち誰かが答えちゃったりね。

★共同作業的検討
返答が文章なので「形あるものをみんなで一つ作る。」ということができる。
←→トークだと、それぞれ意見言ったけど、最後は誰かの発言に任せるみたいになる。

★教え方をみんなで検討するっていうのは、わかってもらいたい気持ちから、結構一生懸命考える。

★遠隔地である意味
遠隔地あるいは異年齢だろうと、とにかく、直接つながらない集団であることは、この取り組みをする上で大事かも。この取り組みが不自然じゃなくなる?少なくとも友達とかだと、その他の事前情報とかが気になったりするかも。それをふまえてやるのも面白いかもしれないけど。基本は、手探りでやったほうが面白そう。
★社会=学校の学びは大事。加えて、若いうちから社会に出せばいいかというと、そんなに簡単ではない。ある程度条件を整えた形で社会を学ぶ。その条件をどうすればいいか。条件をこねくり回しすぎると、社会から離れていく。
★学校で教える場合、ファシリテーターでは全然足りないと思う、ファシリーダー。
★大学ではデバイス揃わないことある。確かに〜、コー●パ●ーは、スマホでもガラケーでも出来るんだっけ。宿題としてなら、使えるデバイスがあるタイミングでやるんだけど。
例えば前述の取り組みをやろうとして、授業中にSNS上で入力させようとすると、デバイスの問題が生じるのかもな。。。それに、大人数で一気に使ったら落ちるかも?この辺デザインするとき注意。
★「未来の社会の建設に役立っているか?」
この問いはいいなぁ。初等中等、あるいは、公教育?は、その子が新しい世界で生きていけるかって話が大事。発達段階や社会的な役割から言っても、大学では社会側の視点もいるのかも。生存より一歩突っ込んだ、社会の建設。
★活動的な学びだけでなく、座学的な部分もある。ダブスタを前向きに捉えてる。おもろい。矛盾してても、その矛盾を飲み込んでさらに前進む、というような。生きる力かもな。後で出てきた断捨離とかメリハリはこの辺にもつながるのかも。両方やらないかんなら、相当な断捨離必要だろうな。
★最新のツールの紹介
★限られた状況での評価。能力が発揮できていない。能力を発揮したくなるデザイン。
★21世紀型スキルはゴールじゃなく、スタート。これを基にして、それぞれの状況で何をするか。
★自分で考えられる力
→ 考えたくなるデザイン
・問い/環境/考えたことで成長できる、という実感

ここリフレクション絡みそう
★↑のようなことも大事だけど、もっと深い、その人の根底にあるものとの関係とかもありそう

整理したもの(パス付き)

メンター方式とは④ : セーフティネット

【メンター方式とは】と題して何本かブログを書いてきた。

メンタリングとは
なぜ今メンター方式なのか
内容や手法の紹介

今回もその続き。

これまで述べてきたことのポイントを簡単にまとめると、

・先輩後輩の支援関係構築を大切にする
・大量採用とミドル過疎で先輩後輩の自然な関係が築かれにくくなっているからこそ、今必要とされている。
・内容は、若手の「聞きたいこと」や「悩み」などを起点に考える。つまり、自律的に作っていく。

というあたり。

今回は、「セーフティネットとしての位置付けについて。」

先日、「いやー、メンターチームとかやらなくてもね、うちは飲み会とかあって、そういうインフォーマルな場で若手をビシビシ鍛えてるから、いらないね」って話を聞く機会があった。

・・・「飲み会」確かに大事。
僕もどちらかというと大切にする派。
どうせやるからには、「メンドクセー」的に薄っぺらく「一応参加」するよりは、楽しくて実のあるものにしたいと思う派。

そう言う意味でいうと、↑の言葉はわからなくもない。

でも、考えて欲しいのは、その飲み会で繋がる関係から「こぼれ落ちる若手」っていないですか、ということ。
想定しているのは大量採用期。
学校に1人しか若手がいないような時代とは変わってくる。
若手が学校の半数くらいになったりするわけですよ。
その全員、とまでは言わなくても、その多くをノミニケーションで繋げられていますか、って話。

もちろん、こぼれ落ちる若手がいないのなら、メンターチームは必要ない可能性もある。
でも、次の年も多くの若手が来る。

そして、メンターチーム(?)はノミニケーションを否定しているわけでも、自然に形成される先輩後輩関係を否定しているわけでもない。
そういう色々な「関係が出来るきっかけ」があるなかで、それにプラスして「全ての若手が参加してつながりを作り得る機会」を持っておこう、という風に理解してもいいかもしれない。

学年のつながり、部活のつながり、分掌のつながり、自然な先輩後輩集団。
そういうものの全てから「こぼれ落ちる若手」をつなげ得る機会。

ある意味、セーフティネットのような働きもあると、私は思う。

ちょっと違う視点での言い方になるけど、一点付け加えておきたい。

メンターチームは、臨任の方も含めて行われることが多い。
臨任の方は、専任と同じように働きながら、研修などを受けられる機会もほとんどない。
しかし、メンターチームでは、一緒に学ぶことができる。
そういう意味で、全ての人をつなげうるという点で、やはりセーフティネットとしての機能も持っている気がする。

最後に。毎度の紹介。宣伝じゃないよ。(笑)
【教師の学びを科学する:データから見える若手の育成と熟達のモデル】9784762828973

それから、メンター方式に関わるその他の記事。
参考:メンター方式とは①〜④