若者の投票率を上げるには、まず大人に訴えた方がいいかも :投票参加の期待効用モデルの紹介など

先日の非常勤先の授業で、政治教育を扱った。
18歳選挙権が開始され、かつ、受講者の殆どが18から20歳くらいということもあって、あえて政治教育を扱ってみた。

授業では、なぜ今政治教育が注目されるのか。政治的事象を扱う難しさや、政治的中立に関わる幾つかの事件・事象について話し、近年盛んな模擬投票なとの実践例を紹介した。
その中で、投票率の話をする際に紹介したのが、【投票参加の期待効用モデル】。

幾つかモデルはあるようだが、その中で、ライカーとオードシュックによるモデルを紹介した。Wikipediaにも載ってるし、多くの人が知ってるんじゃないかと思うけど、ここでも紹介しておきたい。

スクリーンショット 2016-07-09 10.16.36

Rがreward。その有権者の利得。これがプラスなら投票に行き、その逆なら棄権。

Pは、自分の投票行動が選挙結果に影響を与える確率(possibility)についての、有権者の認知。自分の一票の影響力をどう捉えているか、という話。
Bは、有権者にとっての政党間(候補者間)の期待効用差(benefit)。通ってほしい人が通った場合と通って欲しくない人が通った場合とで、どんぐらい違いがあるか。言い換えると、どんぐらい通ってほしい人がいるか、という話かな。
Dは、色々捉えはあるようだけど、義務感(duty)かな。つまり、有権者の責任として行くべき、というような感覚。
Cはコスト。めんどっちーかどうか。(参考;Wikipedia)

このモデルは納得感高い気がするなぁ。接戦とか、政権交代が話題になっていたりすると、Pが高く、強く選びたい党なり人なりがいれば、Bが高くなり、投票に行きたくなる。そういった状況とは別に、Dを大きく感じている人は投票に行く。と。

ま、それぞれの変数が独立とは言えないかもしんないけど、少なくとも整理には役立つ気がする。

さて、若者は、選挙に対して次のようなイメージを持っている(と言われている)。

・「自分が選挙に行っても行かなくても変わらない」とか、
・「違いがわからない」「誰がやっても一緒」とか。

これは、先ほどのモデルに合わせて考えると、前者がPの話で、後者がBの話であり、PやBが小さいということ。

ただ、これって本当かな?という疑問もわく。
というのも、こういう話がクローズアップされるのはだいたいテレビだったりするんだけど、テレビはこういう「わかんなーい」系の話を聞くときは、必ず渋谷でインタビューするんだよね。
(逆に、若者のしっかりした話を聞きたいときは、銀座の親子連れの子供の方に聞いたり。)

つまり、そういう「わかんなーい」系の若者像は、ある程度「つくられたもの」かもしれないという疑問は沸く。
本当に若者の傾向と言えるんだろうか。

・・・というわけで、このPBDCについての、年代別調査を見てみた。
2011年の参議院の時の調査かな。
手元に汚い画像しかなくて申し訳ないけど、

①P要因 自分の一票が選挙結果を左右すると思えた(下が若者。以下同)

20160705_144832

②B要因 自分の選挙区に、どうしても当選させたい候補者がいた

20160705_144843

③Bの逆転項目 候補者についてよくわからなかった

20160705_144852.jpg

④C要因 投票に行くのは面倒だった

20160705_144906.jpg

 

これらを見ると、見事に年代で差が出ており、前述のイメージ通りの結果になっていることがわかる。
確かに、若者は一定程度、そういう傾向にあるようだ。

(グラフの引用元は、『初めての政治学―ポリティカル・リテラシーを育てる』明治学院大学法学部政治学科)312ud7uwicl-_sx339_bo1204203200_

 

さて、政治教育の話に戻ります。

前述のモデルに絡めて言うと、これまでの政治教育はほとんどDにつながる話だけをしてきたんだと思う。民主主義の仕組みやら選挙の仕組みやら、仕組み系の話とかが話の中心。
というのも、旭丘中学校事件を始め、諸々の経緯を経て、具体的な政治的事象について触れることはむしろタブー化されてきた(この辺りは組合とか出てくる話で、話がややこしい)。
個々の政策、ニュースに出てくる政策などについては、時事問題等でその政策に関する基礎知識を扱うことはあっても、その政策について「どう思うか」といった事はやってこなかった。
繰り返しになるけど、仕組みの話が中心で、その最後に民主主義や選挙の意義(つまりDの話)に触れる程度。

が、この傾向が変わりつつある。

昨年来話題になっているのは、政治的事象を積極的に扱っていこうという話。18歳選挙権をきっかけに、これまでタブー視されてきた、具体的な政策の話とか、そういう辺りを扱って行こう、という流れが出始めている。これらは、PやBにガンガン関わる話だろう。
とは言っても、やはり、解禁していくか、抑制的になるべきか、という揺れがあり、現状はゴチャゴチャなんだと思う。特に公職選挙法に触れないように政治教育を行ったり、いかにして中立性を確保しながら扱うか、という部分は現場に大きな迷いが出ているという話。
昨年末だったかな、文科省が「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について」という通知を出し、ひとまず整理を試みたという段階かな。実際に授業するうえで言えば、この通知によって「気をつけるべきこと、留意すべきこと」はわかるんだけど、ま、それだけで授業ができるはずもなく、難しい状況は変わらない、という感じだろうか。

そんな中で、政策比較表を作ったり、模擬選挙をしたりというような、多くの学校で行える、モデルになりそうな実践が広まり始めているのが、現状だろう。改めてもとのモデルに関わって言えば、ここに来てやっとPやBに関わる教育が広まり始めた、という状況。

偉そうな言い方になると嫌だけど、こういった実践のさらなる広がりに期待したい。

授業では、以上のような話をした。

ここからは、少し話が変わるけれど、若者の投票率向上に向けた呼びかけについても書きたいと思う。このところ、「若い人は選挙に行くべき」という語りと、「そんな事言っても自己満だ」といったような発言、ブログが色々なところで散見される。前述のモデルというか、P/B/Dという分類は、この話を整理するうえでも一つのヒントになる気がする。

これまでの「選挙に行こう」系の話は、Dに訴える系のものが多いように感じる。社会の一員として、みたいな。確かに、毎回必ず投票している人は、Dが高いんだろう。わからないけれど、「選挙に行こう」と若者に訴える人は、おそらく自分自身がこういった類の人であり、若い人にもそれを期待するんだろうな。

でも、もともと「行く気ないなー」って思っている人にそういう話は効果をもたらすんだろうか。なぜなら、Dに関わる話は、これまでも何度となく耳にしているだろうから。その結果として「行く気ない」に至っている人に、改めて、似たような話をして届く可能性はあるんだろうか。

有り得るとしたら、身近にいる信頼する、尊敬する大人に言われたら、もしかしたら影響するかもしれない。逆にいうと、SNSでちょっとしたコラムで訴えても、あるいは、それらのシェアやリツイートを通じて訴えても、なかなか届かないような気がする。

若者の投票率を上げようとする訴えは無駄だとは全く思わない。実際、僕自身、いろんなところで言ってる。中学校の授業でも、ずっと言ってきたし、中3の最後の授業では必ず言ってきた。選挙に行かない大人にはなるなって。今も、非常勤の授業でも言っている。
ただ、共通するのは、身近な、影響力を発揮しうる人に言っている、ということ。

そういう意味で、SNSで訴えるとしたら、若者に「選挙に行こう」と訴えるのではなく、大人に「身近な若者に選挙に行こうと呼びかけよう」と訴えることの方が良いかもしれない。

繰り返しになるけど、若者にとってみたら、「選挙の大切さの話」はこれまでも何度も聞かされているわけで。SNSを通じた薄い関係の人に似たような話をされても変わらないんじゃなかろか。それまでの「選挙の大切さの話」と変化が出るとしたら「誰が語るか」の違い。身近にいる、信頼できる、尊敬する大人から言われたら何か変わるかもしれない。

次に、D以外を推すタイプについて。

支持政党や政策に関する話こみで「選挙に行こう」を訴える人は、B重視かな。(例えば、)今回自民党が勝っちゃうと●●だから選挙に行こう、とか。ただ、これって、聞き手に政治に関するある程度の知識が必要かな、と思う。そこからコツコツやっていく必要がある気がする。時間かかるけど。

逆に、そういう基礎知識を培う段階をすっ飛ばして、ある党が政権を取ることの重要性を訴えたり、逆に、その恐ろしさを訴えて、「だから選挙に行かないと」と訴えるしたら、それは殆ど洗脳に近いんじゃないだろうか。

Pについても、B同様に、基礎知識が必要だし、時間をかけてやるべき取り組みだよなと思う。
もとの話に戻っちゃうけど、この辺り(PB)を高める事が、まさにこれからの政治教育に求められるところだろう。

というわけで、今回のブログは、モデルの紹介やら、政治教育の話、それから、モデルを参考に「若者よ選挙に行こう」運動について見てきた。
いつも通り、脈絡なく(笑)思いつくままに書いてきた感じで、読みづらかったと思います

色々書いてきましたが、要は、

・R=P×B+C のモデルはわかりやすいな
・若者の投票率向上は、若者に訴えるより、大人に訴えた方がいいんじゃないか

というあたりが今回書きたかったことかな。
しかしまぁ、考えても見れば、周りの大人に「選挙行け」ばっかり言われたらめんどくさくてしょうがないだろうなw

とか言いながら思ったけど、選挙に行くかどうかが、そういう事言ってくれる大人が周りにいるかどうかに拠るとしたら、つまり、自分の訴えが政治家に捕捉される可能性が、周りの大人次第で決まるわけで。
これってつまり、選挙を通じて格差が再生産されるような形になるんだね。

ま、今更言うまでもないか。

それからもう一つ思うのは、唯一、手っ取り早く投票率上げられるとしたら、Cを下げることのような気がするってこと。スマホで投票とかはいろいろと壁があるとしても、もー少し工夫はできるような気がするんけどな・・・駅で投票とか。
なんでやらんのだろ。外から見てるとわからない、単純にはわからない「壁」があるんだろな。
あるいは、若者の投票率が上がるとまずい理由があるとか。笑
その辺りわからないけどね。。。

あ、また長くなってしまいそう。
もうやめよう。
その辺はまたいつか。
尻切れとんぼみたいだけど、とりあえずおしまいにします。
ではさようなら。

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