論文検討会をやってみた

先日、同年代の関心が近い研究者の方と集まって、互いの論文について検討する勉強会を開きました。

ある学会の懇親会で同じような境遇の方と意気投合したことがきっかけだったんですが、この会をやってみて良かったなと思う点が2つあります。

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1つは、目標ができること。

まだ博論を出せてない自分たちにとっては、個人研究で結果を出すことが圧倒的に重要です。

しかしながら、我々の年代(30代くらい)になると、年々、業務や共同研究に使う時間が多くなり、個人研究が段々と後回しになってしまいがちです。
みんながそうだとは言いませんが、自己管理の甘い自分なんかはそうなってしまいがちです。

そんな中で、自分の研究を他の人に見てもらう機会があると、「その機会までにどうしても進めないといけない」という目標ができます。
とりあえず、何か出さなきゃ、という感じです。
自ら外堀を埋めて、自分の尻を叩く状況が必要なんじゃないかと思います。
実際、僕も、投稿予定の学会の締め切りはまだ先なのですが、この日のためにプロットを書きました。
それができただけでも、やってよかったと思います。

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もう1つは、(そのまんまですが)コメントもらえる機会を作れたこと。

甘えてんじゃねぇよ、という人もいるかもしれませんが、やはり、論文を書くときに誰かからコメントをもらうことは必須です。

院生の頃は、当然のようにゼミがあって院生からもコメントをもらえるし、いつも指導教員が身近にいて、先生の部屋に行けば指導を受けられるような状況があります。
本当に当たり前のことを言いますが、院を出るということは、そういう状況から離れることを意味します。
自分の研究を誰かに見てもらうことが殆どなくなります。

そうすると、自分の頭の中だけで考えるようになってしまうので、死角というか、見えてないことがたくさん出てきてしまうんですよね。
今回も、色々と「ハッ」とさせられることがありました。
こんなこと、気づいてなかったのか・・・と。
やっぱり恥ずかしさはありつつも、でも、言ってもらって良かったという気がします。

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以上は、今回の会を開催して良かったと思う点ですが、その背景にある事情は、わりと「あるある」的な感じかなと思います。
つまり、「自分の研究が後回しになりがちになる」「自分の研究にコメントもらいにくくなる」というのは、研究者初期キャリアにありがちな典型的な状況かと思います。

とすると、(自分のことを完全に傍において)研究者のキャリアという視点から言えば、博論が必須になってきた今日この頃においては、院を出る前に一定の業績を出しておくことはやっぱり必要なんだと思います。

特に査読。
ま、もちろん、院生中に査読を通っとこうというのは今に限らず昔から目指されてはきたわけですが、その必要性、シビアさは上がってきてるんだろうな、と。

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・・・というような状況を考えても、自分は、ここからガンガン頑張らねばと思います。

うむ。

やって良かったな(反芻)。

では。

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