【締切間近】教育デザインと情報メディアを考えるシンポジウム2016「映える POP UP 」

シンポジウム特設サイト:https://symp.aim.aoyama.ac.jp/2016/(申し込みもこちらから)
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表題は、私が勤務するセンターの主催するシンポジウム。
今回で3度目を迎える。
去年は、プロデューサーである杉本卓先生(教育人間科学部)を支えるメインのディレクターとして、シンポジウムに関わった。
今年も去年ほどの関わりではないが、実行メンバーの一人だ。

このシンポジウムの仕事は、私がこのセンターで経験してきた中でも、自分にとって「身になっているなぁ」と感じられることの一つである。

一番感じ入っているのは、そのプロセスや演出へのこだわりである。
教育系のシンポジウムは、得てして、中身が大事(もちろん!)なこともあって、そういった場の作り方が割と適当だったりする。
ここでの「場の作り方」とは、ファシリテーションもそうだし、照明なども意味する。
うちのセンターのシンポジウム(EDIM)は、そのあたりへのこだわりがすごい。
ストイックである。

なぜそのようになるのかといえば、そういったあたりを専門としている教員がメンバーの中にいるからだ。
おそらく、このセンターで働かなければ出会えない人たちと、出会えたように思う。
この出会いに感謝したいと思う。

といった話はおいといて、告知。

表題のタイトルのシンポジウムが12/10に行われる。

テーマの「映える」は、以下のような点をイメージしている。

教育産業の経済活動の側面をひとまず脇におけば、 学校において、 主役を担うべきは学び修める者であり、 決して教え育む者ではない。
教育デザインにおける情報メディアの利活用は、 このような長く続く転倒から離れ、 学修者の内発性を回復させるためにある。
しかしながら、 また同時に、 先行する学修者としての教育者が、 それぞれの専門分野で学修の動機、 目標、 成果を、 後続の学修者に「映える」ものとすることは、 学修者の内発性獲得にとって欠かせない。
今回のシンポジウムでは、 教え育む者の「みせる」から、 学び修める者の「みえる」までの間にある ICT利活用の企てと可能性について、 学修者の内発性を浮かび上がらせ映えるものとするための、 デザインにかかわる実践例と概念定義にもとづき検討する。

今回のプロデューサーである伊藤先生が見たら「ちょっと単純化しすぎ」と言われてしまうかもしれないけれど、要は、「何を見る(見せる)ことが、学習の質を高めるのか」ということ。

特別講演である佐藤雅彦先生はCMなどを通じて「見せる」を行ってきた方。
ちょっと考えてみると、テレビというのは、1方向の極値みたいなもんだと思う。
でも、佐藤先生が取り組まれてきたことを見てみると、
それは単なる一方向の情報の伝達ではないように思えてくる。

1方向にならざるを得ない関係の中で、どうやって主体性を引き出すか。

そのことにこだわってこられたように思う。←勝手な想像。
僕は、そのあたりに関心を持って聞きたいと思う。

佐藤雅彦先生への期待が高く、参加登録者はすごい勢いで増えている。
募集を開始してから一週間ほどしか経ってないが、200を超えた。

はっきり言って、席はもうかなり少ない。

教育関係の人に、もっと聞いてもらいたいと思う。

参加登録はお早めに・・・

シンポジウム特設サイト:https://symp.aim.aoyama.ac.jp/2016/(申し込みもこちらから)

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