親が子を想うこと 子が親を想うこと

自分の母はここ数年、病気がちだ。
今年は4回入院した。
入院し退院するたびに、僕は家族を自分の家に残して、実家に来て、母と生活を共にする。
母一人では生活がままならないし、何より心配だからだ。

しかし、一方で、母は僕が実家に来ると張り切ってしまう。
知らない間に肉屋に行って高い肉を買い、僕に振舞ったり、押入れから暖かい布団を出して僕のベットにセッティングしたり。
今も、この時間(午前2:00)に僕や僕の子供への手紙を書いている。

そういうことをしても、僕は全く喜ばないのに。

僕は、むしろ早く寝てくれたり、とにかく体に負担のない生活をして欲しいと思う。
そのことはたびたび伝えている。
それでも、張り切ってしまう。
僕は、この家に来るたびに、そういった行為を止められず、母に自分の気持ちが伝えられない無力感やもどかしさを感じてしまう。

一方、母は、自分がもっと元気で、また、父が生きていたら、二人で僕ら家族の力になれたのに、と思っている。
僕の子供が風邪をひいたりした時なんか、本当はもっと力になりたいのに、それができない、無力感とかもどかしさを感じているようだ。
そして、僕が実家に来た時には、できる限りの事をしたいと思っているのだろう。

だから止まらない。

お互いがお互いを想っていることはよくわかるんだが、それ故に不満がたまってしまうという状態。

こんなにもコミュニケーションが取れなかったっけ。。。

僕からすると、母は意固地になっているようにも見える。
母からすると、たぶん僕は余裕がないように見えるだろうな。
僕と母の間のコミュニケーションは、いつからか、少し不自然になってしまった気がする。
そのことが一番悲しい。

自分が母を安心させてあげられたり、母を幸せにできるとしたらなんなんだろう。
そう思いながら、今夜も論文を書く。
ここ数年、そんな感じ。

よし。頑張ろう。

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