つぶやき 問題化フェーズから解決支援フェーズへ

何かに苦しんでいる、しかもそれが知られておらず、苦しみ続けている人がいる。そういう物事を「問題化」するのは非常に重要なことだと思う。でも、その手法が、誰かを槍玉にあげて燃やすことで注目させる形だと、どっかでガタがくる。

圧倒的悪者が存在するならそれでいいんだけど、そうじゃなければ、結局、その苦しんできた人自身に副作用が生じたり、別の人が苦しみはじめて、苦しむ人がすり替わっただけだったりするんじゃないか。たとえ何かが変わったとしても、当事者の中では単に「社会の流れ」に負けただけだという意識がつよまって、より意固地になるんじゃないか。もしそのスポットライトを当てた問題だけがその業界の唯一の問題であるのならば、それも場合によってはありかもしれないけど、そんなことはないわけで。

最初は問題化するうえで飲み込まなきゃいけない部分もあるんだろうけど、そればっかり先鋭化させるのではなくて、どこかで当事者をエンパワメントしたり、解決のための後押しをする方にいかないと、自己解決できないし、自己解決能力が高まらない。

(繰り返しになるけど)そうしないと、たとえそのスポットライトを当てた問題自体は一時的に消えたとしても、根本的な問題は残ったままになるし、むしろ余計に硬直的になる気がする。

ちょっとボヤっと書いたけど、そんな気持ち。

つぶやき:少なくとも僕はそっちの立場、つまり、解決支援の立場で研究をしたい。問題化は必要だと思うけど。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中