リーダー育成塾にファシリテーターとして参加しました 〜整理することの価値,対話の価値〜

8/19までの三日間,リーダー育成塾に参加しました。主催されました電通育英会の皆様,参加された皆様,スタッフの皆様,お疲れ様でした!

リーダー育成塾は,小学校から大学までの教員・職員の方々が参加し,合宿形式で行われる研究会?勉強会?地下組織(笑)?です。
単に思いを語り合ったり,学び合うことからさらにもう一歩踏み込んで,各自が持っている課題を解決したり,思いを実現するための具体的な行動計画を練っていくことを目的とした場です。
その目的のために,3日間の中には濃密なインプットとピリ辛の対話の時間,アウトプットの時間がそれぞれ織り込まれています。
また,こういった活動を通して,学校や地域をこえて横に仲間がつながることも目的の一つとしています。

========
▶︎リーダー育英塾についてはこちら
※電通育英会のサイト
https://www.dentsu-ikueikai.or.jp/transmission/about_ikueizyuku/
※中原先生のブログ
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/10100
========

今回,このリーダー育成塾にファシリテーターとして参加させていただきました。
育英塾の活動は参加者全体で行われるものもグループで行われるものもありますが,メインの活動は,グループ形式です。
前述した通り,メインの活動は自分の行動プランをブラッシュアップさせていくというものなのですが,そのブラッシュアップの作業はグループでの相互フィードバックを通じて行われます。
そういったグループ活動をファシる担当として,今回,参加してきました。

以下には,この活動を通じて感じたことを書いておきたいと思います(育英塾では最後の輪で簡単に話しました)

◆◇◆◇

まず一つ目。
現場で新たな行動を起こすには,「まず”整理”と”具体化”が必要」だということを感じました。

というのも,実践の場は,様々な関係性で複雑に絡み合っていますし,大抵の場合,学校にころがっている課題は一つではなく,それぞれがつながりあっています。
まずは,そういった関係性をそぎ落としながら,整理していくことなのかなと思います。
ここで言っている整理とは,「課題―原因―解決策―策を実行する上で予想される困難」このつながりが論理的で明確になることです。これらのつながりがキチンと整理されないと,どこから手をつけていいのかわかりませんし,どこを目指せばいいのか分かりません。
3日間でやってきたのは,形としてはプレゼンのブラッシュアップという形をとりながらも,時間をかけて,互いにフィードバックすることを通じて,この論理的繋がりを整理することだったのかなと思います。

そして,整理ができると,そのための第一歩が明確に見えてきます。
第一歩自体は本当に小さなものです。
「誰々さんに声をかけて飲みながら●●の話をすること」
具体的な小さな第一歩の形が見えてくると,不思議なことに行動できそうな気がしてきます。
その行動自体は,もしかしたらなんとなく以前から頭にあったことかもしれません。でも,整理されているからこそ,その小さな第一歩を大きなビジョンにつなげるステップやプロセスの中に意味づけることができるのかもしれないと思います。

多くの現場は,誤解を恐れずにいうとグチャグチャです。問題がそこかしこにころがり,しかも,互いにつながっている。何がなんだか分からないぐらいぐちゃぐちゃで,何かしなきゃいけないんだけれどどうしたらいいかわからない。そんな思いで参加された方が,最後には「ここからやってみたい」と思える糸口が掴めてきているような,そんな表情でみなさん帰られている気がしました。(全員ではないかもしれませんw)

◆◇◆◇

二つ目は,「対話の真の意義」を感じた,ということです。

これまで,「対話が大事」と言いながら,ここまでの意義を実感できたことは,実はまだなかったように思います。
前述した「問題の整理」は,困難を極めます。
現場のことを最もよく知っているのは,その当事者ですから,

-周り「●●ですかね」→当事者「いやそれは…」
-周り「▽▽ですかね」→当事者「いやそれは…」

というような打ち返しが簡単にできてしまいますし,最初はそれが続きます。
周りがなんとなく気になったことを聞いてみる程度では,見えてきません。
対話の意義や自分の発想が変わったり,問題の捉え方の枠組みが変わったり,そういったジャンプアップがないと,なかなか,問題の構図が見えてきません。

そのジャンプアップを可能にするのが濃密な対話です。
お互いに敬意を持ちつつ,オープンなマインドになって,スパイシーなことでも忌憚なく言える環境をつくること。
そしてその中で,一つ一つの論理的な関係を丁寧に突き詰めていくこと。
これを協働的に継続的に行うことで,どこかのタイミングで「スッ」と問題の本質が見えてくる。
それが見えてきた時は,なんとも言えない感覚でした。
一人一人ではできなかったことが,対話を通じて初めてできた。新しい意味や気づき(この場合でいうと問題の枠組みの整理)に至ることが,
これをなんと呼ぶかは別として,対話の意義を深く実感できた瞬間でした。

◆◇◆◇

そんなことを思った3日間でした。

また今度書きますが,「教職大学院で何をやるべきか」ということにもつながるアイデアを得られたような気がしました。

充実した時間をありがとうございました。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中