個別最適化について 

「アダプティブラーニング」という言葉を最初に聞いた時にこんな感想を持っていた

過去記事:「アダプティブラーニング」

その後しばらくして,「個別最適化」というワードがわりとポジティブに受け止められるようになり,「あれ?みんなそうなんだ,そんなもんなのかなー?」とちょっと気になって,整理を考えるようになった。
結果,個別最適化については,2つの流れがあるように感じた。

参考(あすこまさんのブログ):手段最適化と目標の設定。2種類の「学びの個別化」について。

どちらも「個別化」という流れではあるのだし,あすこまさんの書いている通り,やっていることは重心の違いだとは思う。
とはいえ,これまでの学校とは違う,というところは同じだけど,そこに関わっている当事者の目指す姿とか学力観とか,思想は異なるように思う。(いや,異なるけどその先は同じかもしれない,とも思う)

その違いは基礎学力はこっち,その他はこっち,みたいに整理されがちで,まぁその通りかな,とも思ってるけれど,それをどうつなげるとか,本当にそんなに単純に整理できるのか,それは残されている課題だと思う。
当事者の人たちはどちらもちゃんと違いを分かっていて,現状ではひとまず「ラインをひいて」いる状態だと思う。

でも,改めて書くけど,どうつなぐか,どういう関係なのか,というところは現状まだ整理されていない。
特に,最近思うけれど,当事者じゃない人にはそのラインや違いが見えてないままになっている可能性が高い。
両者の違いというより,アダプティブな形のものをどう扱うべきか,というところに思想や手立てがないように思う。
その状態のまま,ただただその「当事者じゃない人」が点数を欲して両手を挙げて入れ込むとグシャグシャになりそう。

そして,それは当事者も望んではいないんじゃないかと思う。
思想の違いだけが先鋭化して宗教対立になることは避けたいと思っているんじゃないか,と。
整理できる形で入りたいのか,そもそも入りたいと思っていないのか。
そのあたり,話してみたい。

僕自身は,「抗う」ではないと思う。
宗教対立を避けつつ,整理して出会わせる,境界に立つ人が必要だよな,と思う感じ。

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