教職大学院で。

教職大学院でやるべきことって何なのか。

普通に現場に出てれば2年で達成することを別の場でやりました。

ソフトランディングしました。

 

だけでは、成果を出せたとは言えない。そもそもの意義からしたらこれで十分でないことはもちろん当たり前なんだけど。

 

できればば、その軸とは違う一歩を持たせてあげたい。

「ここに来た意義」「一生につながる何か」を感じて出て行ってもらいたい。

大学院だから「自ら学びたくて来た」と突き放すのは楽なんだけど、そういうもんでもないんだろう。

「自分で考えてチャレンジして一歩踏み出す」経験までしてもらえたらなと思う。

 

ここは感覚的なんだけど、その入り口は対話することの価値とか意義を体験することなのかなと思う。

なぜなら、(前にも書いたけど)自分の言葉で喋れるようになるのに時間がかかるからだ。

借り物の正解の言葉で答えているうちは、その正解を示している権威に人生もキャリアもあずけたままだ。

関係を作って、対話に対話を重ねて、自分の言葉で喋れるようになり、自分で考えられるようになるような気がする。

 

意外とこれを妨げるのが、権威の代名詞に教員がなってしまうこと。

「それって○○だよね」

正しくても正しくなくても、教員がこのように声をかけると、自分の言葉でしゃべったり、自分で考えるようになかなかなれない。

 

とはいえ。

「大学院だからね。そこまで配慮するもんかな」と言われればそれもわからなくもない。

そういう見方もできなくはないんだが。

 

でも、ね。

悩むところ。

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