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評価のリテラシー

今日はマナビフェスのお手伝い.会場案内やセッションの運営などを手伝いました.

そんなわけでちゃんと聞けた話はなかったんですけど,運営お手伝いをしながら聞いた松下佳代先生の話は勉強になった.特に「評価のリテラシー」の話.先生を国際展示場駅にお見送りする道すがらもその話題になり,ナルホドなと思った.

評価を受ける経験,しかも多くは似たタイプの評価(テストをして結果について相対的な評価を受ける)ばかりだから,評価に対してナイーブになりすぎるんじゃないか,評価をする経験や事なるタイプの評価を受けることがもっとあってもいいんじゃないか,そういう経験を通じて「評価のリテラシー」を高めることも大事なんじゃないか,と.

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評価のリテラシーということはあまり考えたことがなかったので色々と考えるきっかけになった.

博多【BASES】コワーキングスペース

博多にあるBASESというコワーキングスペースにいった。その感想をば。

思えば、かつてはこういう記事書いてたし、まぁまぁコワーキング行ってたと思う。

でも、最近は減った。なんでかなと考えたら、時間拘束の職について、そとを歩き回る機会が減ったからだと思う。

さて、今回、出張の帰りに飛行機まで時間があったので久しぶりに探して行ってみた。

博多駅前のBASES 。駅から近いのが最高に便利。どんなにいいコワーキングでも交通の便が悪いとちとおっくうになる。

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また、ここはなんとなくノンビリした場だ。やたらとオシャレだったり、ギラギラした感じがあると、それはそれで疲れる。

ここはそういう雰囲気がない。みんなノンビリしている。おじいちゃんもいる。スタッフの方?も利用者にまじってる感じ。気楽に話しかけられる。

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そして料金が安い。ドロップインで一日千円くらい。一時間じゃないよ、一日だよ。

それでいて、もちろん電源やWi-Fi、飲み物はちゃんとしてる。

うむ。素晴らしい。居心地いい。また博多に来たら利用しよう。

けむけむにまきまき

「そもそも論から考えよう」というスタンスで話を始めた人が,「クリティカルシンキングって大事ですよね」「レジリエンスって大事ですよね」みたいな,フワッとした言葉でしか説明できなかったり,「▼▼っていう学者が●●って言ってます」みたいなことで何か説明したみたいな感じになってたりすると,聞いてる側としてはやっぱり,けむにまかれたような感じになるよね.

じゃーチミかわりにやってみて,とか言われると困るんだけれども.

イチサンカシャとしてはそんなことを思っちゃった.

先日イベントでやったアイデアソンを授業で試してみた

先日やってみたアイデアソン,問いをちょっと変えて授業でやってみた.

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結果としては,結構,盛り上がったように思う.

テーマ:新しい修学旅行を考える.学びと思い出の両立.予算7万円

アイデアソンのこと,まだ詳しくありませんが,二つの目的で使えそうな気がする.

一つは,プロセスを通じて互いのコミュニケーションを改善したり,共通のビジョンを持つようなことを目的にするもの.もう一つは,結果として出てくるソリューションの開発を目的とするもの.

これまでのアイデアソンはアプリ開発やものづくり,街づくりなんかに関わるものが多いと思うけど,アプリ開発は後者だけど,まちづくりは前者の場合も多いかなと思う.企業と提携したりして,実際にサービスが生まれる場合,3Dプリンタを使って実際にものづくりができる場合とかをのぞいた場合(自分の授業含む)は,ソリューションやプロダクトを目的にするのがなかなか難しそうで,前者の話になるのかなと思う.

 

その場合,ようは話が盛り上がって,コミュニケーションが活発になることを目指すなら,実現可能性なんかに関する厳密な議論は時には必要ない可能性もあるし,それを問うような問いのたて方も必ずしも必要ないのかも.

この問いのたて方含め,まだまだ改善の余地はありそうだけど,面白いものになる可能性をひめている気がする.というわけで,これからもいくつかやってみようと思う.

イベントについては,またいずれレポートを書きやす.では.

 

そりゃーねーだろーって話が出た時は。

行政や大企業から「そりゃーねーだろー」って話が出たとき、
あるいは、そういう報道が一斉に行われたり、
そんな情報が一気にシェアされたりしたとき、、、

そんな時には、「そりゃーねーだろー」から転じて、

【さすがにそれはないよな】

っていう可能性を
まずは考えてみた方が良い気がしている。

つまり、「●市が▲と言った」ていうとんでもない話があったとしたら、
ひとまず「さすがに●市は▲って言わないよな」と想定して
捉えてみることは大事なんじゃないだろか。

っていうのもさ、「ほんとはそんなことは言ってない」って
パターンは結構あるように思うんだよね。
言ってないのに、報道のされ方や、
拡散される過程でのズレとかが発端になって
大きな齟齬がうまれちゃう、とかね。
結果、みんながみんな誤解しちゃったりもする。

で、そういう少しズレた見解であっても
一旦広まっちゃうと市民権をもっちゃうところがある。
元の言動とか元の報道とか、全てをその発想で
理解すれば理解できちゃったりするんだよね。
いくら「誤解だ」と誰かが言っても、
別の前提ができちゃってて、なかなか解消するのが
難しくなったりするんだよね。

だからこそ、そうなる前に。

まずは、「さすがにそれはないよな」という想定で
誤解の可能性を考えてみることが大事なんじゃないかと。

っていうのもさ、誰かを批判したりする時に、
焦る必要ってないと思うんだよね。
まぁ、ニュースが旬のうちにコメントするってのも
大事だとは思うんだけど、
一旦引いて考えてみてからでも遅くないんじゃなかろか。

僕はそうしたいと思います。

ま、もちろん、内容によりますが。