カテゴリー別アーカイブ: 大学授業

非常勤が始まりました

今日から今年度の非常勤が始まりました。
専修大学での「教育学入門」です。

今年はなんとなく、去年より、ナナメに構えながら授業を考えていこうと思っています。
去年は、なんだか形を気にしすぎて、正面突破しようとしすぎました。
その反省をいかして、今年はナナメにいこうと思います。

さて、今日は第一回。

どえらい人数が多かった(2コマで650人)ので、サムイ感じでいこうと決意を固め、「調子にのってる町支です」から初めて、ペラペラとしゃべってきました。おサムいオヂサン的なキャラ設定をすることにより、履修人数を減らしていこうという作戦です。
これには、なんだか付随する効果があって、適当にしゃべればしゃべるほど、『ときどき見せる真面目さ』が際立つ気がしました。妙にエッジの効いた、メリハリのあるトークをしているような、なんだか、そんな気分でした(自画自賛)。

ちなみに、この人数なのでワークとかはヤリづらいところもあります。色々と試みたいとはおもいつつ、まだ形は見えてきてない、そんな感じです。

さて、その後、内田洋行@八丁堀で打ち合わせをして、本郷に行って、帰ってきましたとさ。

ほんで、さきほど、今日の授業について何か書かれてるかなと思ってエゴサーチしてみたところ、案の定、いくつか出てきました。
twitterには、「履修人数を減らすためにサムイギャグを連発しとる教授がいた」的な書き込みがあり、(教授ではないけど)もしかしたら僕かな〜と思ってたどってたら「ピコ太郎やりはじめた」とか書いてあったので自分だと確信しました。

ピコピコピコリーン。

後期授業 最終回

今日は、専修大学で行っている非常勤の授業の最終回でした。

なんやかんや言うて、大学で自分の名前の講座を持つのは今年が初めてだったので、色々と悩みもしましたが、最終的にはわりとなんとかなったかな、と。

途中から、わりと自由に「なんでもやってやろー」的に開き直ったのが良かった気がします。

例えば、最後の一回は、思いっきり「自分語り」でした。

複雑性や不確実性とか、教員の意思決定の難しさとか、教員の大変さを伝える部分が多かった気もしたので、最後の一回だけは、思いっきり、自分の想いや、思い出や、「教員の仕事はこーなってほしーなー」みたいなことを語ってみました。

そのことでまた、何か色々と考えてくれた子も多く、リアクションペーパーもなかなか濃かったです。(読んでて楽しかった)

そんなわけで、自分にとっても楽しい時間でした。

来年もやるので、さらにブラッシュアップして頑張りたいっす。。

やっぱ授業は楽しいなぁ。

学びを”アクティブ”にする方法を探る-アクティブラーニング研究会 に参加して。

先日、東大の福武で行われた表題の研究会に参加した。
(※参考:peatixのイベントページ
実際参加してない人には伝わりづらい感じになっちゃうかもしれないけど、ひとまず備忘録的に自分のためにメモを残しておきたい・・・

会場には10分遅れで到着(ゴメンなさい)
参加者は50人強ぐらいでしょうか。

まず、会場自体がオシャレ。
自分にとっては行き慣れた場所ではあるが、このオシャレ感は若干気持ち高揚する。
んで、入り口には、お菓子やサンドイッチ、アルコールも用意されていた。
一方、参加者は(最初は分からなかったけど)結構「アクティブラーニング、
どうなんでしょう」的な空気を持っており、
【ゆるふわかつガチムチ】 的な、絶妙な空気だったように思う。

内容については、安斎さんと舘野さんの2本立て。

安斎さんの話の中で自分の中に留め置きたいと思ったのは2点。

・まずアクティブラーニングに関する整理。
学習科学で言われてきたような深い学びを狙うものと、
最近文科省が言っているような汎用的能力を狙うものと。
それらによって適合する手法も異なるのではないか、
その辺り整理していった方が、との話。

・もう一つは、まず先にコミュニティーを作ることの大切さ。
まさに、これこれ。
この本で岩瀬先生も書いてらしたけど、「安全・安心な場」を作ること、それがアクティブラーニングの前提になるんじゃないの、という話。

ほんまにそうだなぁと思う。
単にアイスブレイクというわけではなくね。
ま、場合によってはそれに頼ることも必要だったりもするんだろうけど。
失敗できる、自分の中身出せるような場にならないと、
本当に主体的な言動やそれを通じた学びなどは起きにくいんじゃないか、と。

ほんとそれやわー。
(エセ関西人が通ります)

後期の授業ではこの発想で行きたいと思っている。

舘野さんは立教でのPBLの実践やそれにまつわって考えてらっしゃることを中心に。

・まず最初のスライドにあった、
<平たくいったときに「どういう人を育てたいの?」という問いが
忘れられがちな状態がある>
ってのは、大事な問いだなぁと思う。
今回行って、一番「ポン」ってなったところかな。

アクティブラーニングって何?アクティブって?て話になるけど、
そういう人を育てたいのかってのをじっくり考えないと、
何を考えさせたいのか、どんな場面で主体的に取り組んで欲しいのか
(であれば、そこまでどういうデザインやどういうアプローチをするか)
というあたり、見えてこない。

でもまぁ、こういうことを考える良いきっかけになりうるよなって思う。
アクティブラーニングっていうワードがね。

・それと、アクティブラーニングあるある的な話もあった。
やらされ感あふれるグループワーク、みたいなね。
その中ではアクティブトランジションの(?)研究成果も紹介されていた。
参加型授業に出ることだけじゃその後のキャリアに繋がらない?だったかな。
こうやって、ちょこっとパス図が出てくると、「研究者っぽいな」と思って
ちょっとニヤリとしたw

・それから先は立教の話を中心に。
ポイントは[ PBLを回すというPBL ]。
それを可能にするのは組織開発の視点からPBLを見る、というあたり、とても参考になった。
自分は今PBL取り組んでいるわけじゃないけれど、研究室とか持つようになったら、
そういう形にしたい。

最後の質疑応答も、わりと具体的な話が出ていたように思う。
ただ、このあたりは自分の頭がボヤっとしててあまり覚えてないかもしれない。。。

終わってから、山手行って帰ろうかと思ったけど、馴染みの店員さんじゃなかったので、
MEGRO行って帰りましたとさ。
しっかり頭使って参加した研究会は久しぶりだったように思う。
そのせいか、帰りの電車は爆睡で乗り過ごしましたとさ。

そういえば、会場の一部ではファシグラが行われていた。
担当の方とFacebook友達になる予定だったのに、名前を忘れてしまった。。。

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韓国入試事情の話を聞いて:ハイパーメリトクラシー、ペーパーテスト改革、自国史などなど

今日の非常勤@専修は、ゲスト講師の方をお呼びしての授業。
大学院同期のイさんに、韓国の教育事情について話してもらった。
そこで聞いた話と、感じた印象をここに記しておきたい。

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 一言一句、細かいニュアンスまでしっかり聞いたいたわけではないので、ゲストの方の印象なのか、エビデンスのある話なのか、僕自身掴みきれてない部分もある。一般論かどうか、あるいは、韓国の人たちの共通認識として良いのかどうかは迷う部分がある。

とはいえ、ひとまず、記しておきたい。

▼ハイパーメリトクラシーと推薦入試

 韓国では、ハイパーメリトクラシー重視の傾向がどんどん強くなり、推薦入試の割合がかなり高まっているらしい。トップ校(例えばソウル大学)でも半数以上は推薦。
 日本では、東大が最近初めて推薦を始めたという状況。程度にはかなり差があるものの、ペーパーテストで測れない部分を重視したいという意味では共通しているとも言える。

▼ペーパーテストの変化

 逆に、一般入試においても、ペーパーテスト入試の重みはどんどん下がっているとのこと。これには2つの見方ができそう。
 一つは、ハイパーメリトクラシー的なもの(内心・面接)の重視による相対的な低下。ペーパーテスト(全大学共通。大学修学能力試験)で問える学力の重みはどんどん低くなっているとのこと。結果、ペーパーテストは「基礎学力があるかどうか」に特化しており、問題が非常に簡単になっている。
 もう一つは公平化を目指したもの。これまで良く語られてきた通り、韓国では受験競争が過熱し、私教育費(塾代など)がかなり高まっていた。そのため、経済格差がそのまま教育格差につながるという傾向があった。そこで、2011年から、公平化を目的に、EBS(教育テレビ)の内容を試験の基準にすることになった。EBSは格安で誰でも見られるため、それが問題のもとになれば、あまり条件に差がつかないという発想。日本の教育テレビを見ていても分かる通り、それほど複雑な内容は扱われない。かつ、放送の内容そのままの問題も数多く出題されているのが現状のよう。結果、簡単すぎて、あまり差がつかなくなり、選抜におけるペーパーテストの重みが低くなった。
 前述した因果とは逆で、むしろ、ペーパーテストで差がつかなくなったことが原因で、ペーパーテスト以外の評価方法の重みが高まった、(例えば、推薦入試枠が増えた。内心の重視)との説もある。

 ちなみに、ペーパーテスト軽視とはいえ、その対策はやはり必要。満点を取り、他人と差がつかない成績を取れる程度の対策は求められる。難しい問題を解けるようになってプラス点を取り、差をつけようという発想ではなく、簡単な問題をミスらないようにして、マイナスを生まないという対策。

▼内申と格差

 一般入試の中でも重み付けが高まったのが、内申や面接。「リーダーシップ」などの評価項目があり、例えば、ボランティアをどれだけやったか、といったことが評価されるようになった。一部には、ボランティアをやったという記録を金でどうにかするということも出来るようになり、むしろ、経済状況による格差は広がったとの噂もある。。。ハイパーメリトクラシーがそもそも環境要因に左右されやすい、格差を固定化しやすいという批判はあったが、こういった裏ルートへのアプローチという意味でも機会の格差は大きいのかもしれない。

▼ペーパーテストの方向性に関する日韓の差

 日本では、高大接続改革等で、論理的思考力とか、アウトプットの力といったものをペーパーでも問うていきたいという方向性がある。(例えばセンター試験改革など)
 一方、韓国はそういった方向にはいかず、ペーパーテスト型入試にある意味見切りをつけて、割り切って、「基礎学力があるかどうか」に特化していると感じた。

▼自国史の必須化

 ここまでの流れとは異なるが、自国史の話。
 韓国では、韓国史が、大学修学能力試験の中で必須になるらしい。他の科目は何を受験するか選択できるが、韓国史は必ず受験しなければならなくなったとのこと。大学に行くためには、韓国史を学ばなければならない。今年から。
 日本では、日本史の近現代史が授業として必修化される予定。ただし、これはセンター試験等とは関係なく、授業の必修化。
 ナショナリズム重視の時代において、歴史認識で対立する両国が自国史をほぼ同時に必須化する、というのはなかなか興味深い。どちらも、もっと自国史を大切にしようという発想。日本にいるイメージでは、韓国では自国史を昔からものすごく徹底して教えているイメージがあるが、韓国内ではそういう評価ではなかったらしい(やはり、「若いもんは我が国の歴史も知らん。教育がなっとらんからじゃ」的な評価)。
 一方で、そのアプローチが、入試の枠組みを通じて、あるいは、授業の枠組みを通じて、という違いがあるのも面白い。日本だと、センター入試の方式を変えるのは世代間の差とか生みそうで慎重になるし、国が介入しにくそう。そのあたりガッとやっちゃうのは、韓国の強みでもあり、危うさでもあるような気がする。

 


 

 以上が、今日の話と、それを聴きながら感じたこと(混在してまーす)。
 欧米なり、日本と全く違う国について学ぶのも新たな発想に気づくので面白いけれど、東アジアの国を見ると、どこか地続きな感もあり、逆に、違いが際立って見える気がして面白い。

僕自身、すごく楽しく話を聞かせてもらった。

同期つながりに感謝!!!