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校内研でリフレクションのお話をしてきました

先日、横浜市立の小学校でリフレクションのお話をさせていただく機会を得ました。
今回、内容を検討している段階で意識したポイントについて、メモしておきたいと思います。

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1、経験学習の「入り口」としてのリフレクション

経験から学ぶこととリフレクションってイコールなのかなといつも思います。
少なくとも、「振り返ること」は経験から学ぶこととイコールじゃない。
言い換えると、「振り返るだけで学べるわけじゃない。」

ここ間違えると、なんか振り返りってやらされるんだけど、なんのためにやってんのかわからない、になる気がする。
経験学習でいうと、概念化というか持論化というか、メタ化というか、スキーマ化というか、、、そこまでいくと、「学んでる感」が出る。

<その経験から何を学んだんだろう>を、少しでも意識することは、ちょっとした違いだけど大きいんじゃないだろか。

2、自分へのフォーカス

オニオンモデル(コルトハーヘン)っぽいものを意識して。

これとレゴとの関係性がイマイチつかなかったので(つけなきゃいけないわけじゃないけどw)、今回は少し考えた。
ストレートに「あなたの強みは?」と聞かれるのはハードルがあるので、ある場面(レゴで作った場面)で発揮された強みを聞くというワンステップを入れた。

結果としては悪くなかった。
レゴとの関係においてもそれなりにいけたとおもう。。

3、前後半の関係

前半(レゴで場面を振り返る)と後半(その場面を通じて自分にフォーカスする)の温度差。
2、で言ったような意味的なつながりもそうだけど、場の様子についても前後半の関係を意識した。

一回ほぐして、深い問いに行くという。
安心できる場にしてから、じっくり考える場へ。
熱狂型から、冷静型へ。

というようなね。

4、「共有しない」の明示

自分と向き合う問いの一部については、「この問いについての回答は、あとで共有したりしません」と明言した。
本当に向き合いたい時って、「人に見られること」が不安要素になってしまう気がする。
「ここは外に出さないでイイ」を伝えたほうが、安心してやれるんじゃないかな(その問いの意義が腹落ちしていればなおさら)。

3も4もそうだけど、基本的に「安心して取り組んでほしい」って気持ちがあると思う。
特に今回は校内研だから、というのもあるかもしれない。
有料型の、「全員が全員、高いモチベーションを持って集まっている」というパターンではないというのも、これを意識した背景にあるかも。

 

<課題もメモしとく>

・1と2の関係

a)レゴと経験学習
b)レゴと自分へのフォーカス

は、それぞれうまくつながったんだけど、ab間のつなぎが難しかた。

・自分に向き合うことの課題

今回は自分に向き合うことの大切さをメッセージにしたけど、自分に向き合うことが単なる自己強化や独りよがりになることは避けたいなと思う。

・使命とか

自分の使命とか、自分が教員としてそもそもやりたいと思っていたこと、って必ずしもあるわけじゃないよなと思う。
「ただただ公務員だから」って人もいると思う。
というか、もともとは使命感を持っていても、それを失った人もいると思うし、特に校内研とか色々なモチベーションの意図がいる場ではこの語りかたは丁寧にやったほうがよさそう

<最後に>

今回、よんでいただいた先生が「りふれくしょんで校内がつながる」というお話をされてました。
多脚かに、そういう意味合いもあるよなぁ、と思いますし、とても素敵な言葉だと感じました。

以上。
箇条書きですが、この辺で終わりたいと思います。
では。

部活動問題の難しさの一つ 

このところ、部活動問題が世間を賑わしている。
部活動を担う教員が長時間労働で大変だという話。
やったことない部活を担うことが大変だという話。
保護者も含めいろんな人の思いに対応するのが大変だという話。

で、「部活動は学校の教員がやるべきことなのか」という議論が起きている。
この問題についての自分のスタンスはあるんだけど、一旦それはわきに置いておきたい。

ここでは、部活動の問題がつらいことの背景(はいろいろあると思うんだけど)、そのうちの一つについて取り上げたい。

それは、

【部活動のやり方は誰も教えてくれない】

ということ。

ここでいう「やり方」とは、練習方法などではない。
練習方法とかは、実は、それ系の雑誌もあったり。
本屋に行けばいろいろ売ってる。
「強くする」ための方法は色々ある。

むしろ、もっとシビア。

例えば・・・

・練習日を減らしたいんだけど、どうやって、どのタイミングでそれを伝えることで、スムーズにそれが可能になるか
・逆に、増やしたい場合に、どうやって合意をとるか

勤務時間の話が話題になっているので↑の点を取り上げてみたけど、他には・・・

・部活動の子達(特に自分が顧問になる前からの子)の持ってる考え方が、自分のやりたい方向性と合わない。どう変革していくか。
・保護者の期待が過剰すぎる。どう対応するか。

などなど。
総じて言うなら・・・ 【自分らしく部活動をやる方法】 かな。
さらに色をつけて言うなら 【部活動を楽しむにはどうしたらいいか】 かな。

これは、誰も教えてくれない。

授業であれば、大学でも学ぶ。
教員になってから研修もあれば授業研究もある。

生徒指導や学級経営も難しいところだが、
例えば、同学年の先生など、運命共同体になっている人たちがいるから、
その人たちに関わる中で教えてもらったり、学べる機会はそこそこある。

でも、部活にはそういう関係がない。

とりあえずまず、行政研修にはそういう機会はない。

顧問会みたいな組織はある。
ただ、そこで出る話は「強くするには」が基本。
そもそも、顧問会で人間関係築くには「強くしたいんですけど・・・」というスタンスが必要かな。

校内の他の部の顧問とそういう話が出来るかというと、ちょっと難しいかも。
↑にあげたような学年の繋がりとか、そういう関係性のなかでちょうど似たようなスタンスだったり、考え方のスタンスがあう先輩がいると、聞けるチャンスがあるかもしれない。

しかし、総じて言えば、部活動の「やり方」について学べる機会は乏しい。

なぜそうなるか。

ここでは公的な研修が行いづらい理由について書くけど、
その理由の一つは、やはり、「部活動の位置づけが難しいから」だろう。

部活動は、教育課程外の活動である。
”教育課程との関連を図る”とは言われている。
実際、学校内には部活動関連の会議体があるし、勤務時間内にも部活動は行われている。
しかし、「独自の取り組み」という建前がある。

そんな曖昧な位置付け。
で、その位置付けの難しさの最たるものが、部活動自体には給料が出ないということ(ちょっとだけでるけど)

この曖昧な位置付けが、公的な研修を行いにくい理由だと思う。
つまり、研修の間の教員はどういう立場で行ってんのか、てこと。
普段の部活関連の勤務は教員としては行えないけど、部活動の研修は教員として行ける、てのも変な話だよね。

もう少し別の言い方をすると、職務専念義務を外す時間として扱えるの?ていう。
教員(含め、地方公務員全員)には職務専念義務がある。
勤務時間内は職場で職務に専念「しなければならない」。
その義務を外せるのは、諸々理由あるけど、関わるところでいうと、「校外研修」だけ。
その枠に含められんの?っていう。

もちろん、曖昧なラインで行われていることはたくさんある。
部活のために外に出るってのはね。

その一方で、【教委自身が】それをやったら、妙に公的なお墨付きを与えることにもなったりするのかもしれない。
「部活研修にお金支払われるなら、部活は公務だよね。普段の練習も勤務時間に数えてよね」
そこまでヤ●ザな言い方はないだろうけど、そういう論拠になりかねない。

そんなわけで「研修として手を出しにくい領域」なんだろうと思う。
部活動のガイドラインを作るとか、部活動問題の検討会をすることはあっても、部活動についての研修は行いにくいんだと思う。。。ま、たまにあるけどね。。。ほとんどない。

(先日、ある教委の方とのインフォーマルな場で↑みたいな話をたけど、だいたい認識はズレてなかったように思う)

今日は、部活動の難しさについて、「自分らしいやり方を学ぶ機会が少ない」という観点から書いてみた。
これを書いた背景にある思いは、「もっと学びの機会があればいいのにな」ということ。
そうすれば、もっと自分らしく教員生活を送れる人が増えるんじゃないだろうか…

最後に、部活の運営について学ぶ機会はほとんどない、て書いたけど、部活の運営について色んなヒントが得られる稀有な本を1冊ご紹介したい。

◆杉本直樹 著 『部活動指導スタートブック : 怒鳴らずチームを強くする組織づくり入門』 →amazonはこちらから
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内容は、すごく実践的だし、「自分らしく部活を運営する」ためのヒントがたくさんある。
書いてあるのは、「組織」とか「経営」とか「哲学」とか・・・部活の本としては珍しい。
例えば、ある章のタイトル、「自分自身の『部活動経営哲学』をもつ」。

副題にもある通り、基本的に「強くする」ことを目指すというスタンスではあるんだけど、「自分の考え方をもって自分らしく部活を運営するには・・・」という視点ですごく勉強になる本だと思う。

といったわけで、以上で終わりたいと思う。
途中にも書いたけど、僕自身は、部活についてもっと学びの機会があればいいのになと思う。

逆に、そういう学びを得ずに(求めずに?)、最初から「イヤだ!!つらい!!!」てなる人が増えるのは、僕としては悲しいと思う。

もう少し言っちゃうと、今の、部活が政治問題化して、単なるケンカの争点になっているような状態は、やりたい人にとっても、やりたくない人にとっても、なんだか悲しいなと思う。

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気がつけば、また長くなってしもーた・・・
長文にお付き合いしてくれてありがとうございました。

最後になりますが、杉本先生の本は、まじでおすすめっす。
やりたい人にも、やりたくない人にも勉強になる。
というか、部活以外のことにもすごく活かせると思う。

僕は杉本先生のtwitterもフォロしちょります。

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追伸

この記事では公的な研修について書いたけど、徐々に、民間のセミナーとかでも部活運営のことを取り上げるものが増えて欲しいと思います。。。また杉本先生の話になっちゃうけど、先生のtwitterではそういう活動についても紹介されてますのでおすすめです。

市川学園alice 見学

昨日は、市川学園のアクティブラーニングスタジオaliceを見学してきた。
実は、市川学園の校長である宮崎先生は、僕にとって高校自体のテニス部の顧問であり、歴史を教わった先生でもあり、講師をしていた時の副校長先生でもある、という関係。

特に、教育学の研究の道に入ってからというもの、moocの授業活用やICT整備などに積極的に取り組まれている宮崎先生とは何度かお話ししたりご相談させていただいたことがあった。

先日も、開成の国語の教員で演劇的手法などを取り入れてらっしゃる森大徳さんや、同じく開成で英語の教員をされている山田雄司さん(参考)と宮崎先生とで教育について語り合う飲み会をしたりした。

そんなわけで、宮崎先生とは何かとご縁があり、いろいろな場面で勉強をさせていただいている。

今回は、そんな宮崎先生が校長を務められている市川学園のアクティブラーニングスタジオ、ALICEを見学させていただいた。
スタジオについては、コクヨさんのこちらの記事に写真等が紹介されている。

今回は、このスタジオで行われていた地理や英語の授業を見学させてもらった。

先生方自身に取材させて頂いたり許可を得たわけではないので、こちらでは具体的な内容や展開などについて紹介することは避けたいが、生徒たちの言葉、生徒たちの外化をうながす授業のデザインもありつつ、外化されたものを活かしたりなど、すごく「こなれた」感じでICTが有効に使われていた。
なんというか、【生徒たちの脳みそが動き始める瞬間】が見えるような授業だった。

面白かった。

という、授業自体も面白かったのだが、自分自身、さらに興味を感じたのは、学校内でのICT活用推進の取組。

・積極的に取り組み、授業やコンテンツを開発していく「エヴァンジェリスト」
・ICTに限らず、能動的な学びのあり方を追求していく部署「教育研究部」
・積極的な授業公開とフィードバックのための「OPEN CLASS」

こういったものは、まさに「学校内での教員の学びを活性化していく取り組み」だと感じた。
PLCに至るプロセスに通づるものがある。

ところで、もちろん、こういった方向性に必ずしも賛同しない教員もいるだろう。
教員には多様な考えがあり、その多様性が許されること自体は、とても重要なこと。
とはいえ、全員が毛嫌いする必要も当然ないわけで。
賛同する人たちと、そこに疑問符をつけつつ眺めていく人たちとが、近い距離感にいるような状態が良いのではないかと個人的には思う。

そういうバランスになるためには、これまでの長い歴史を考えれば、ソフトに組織的な方向性を示していくこと、柔らかく伝えていくことは重要なのではないかと思う。
上記の3つの取組は、そう言った状態へのプロセスとして、大変興味深いものだった。

どうやってこれらを導入したのか、どういう経緯だったのか、宮崎先生に聞いてみたい。

似たような点だが、「Aliceプロジェクト」という名称や、「エヴァンジェリスト」という語感は、なんとなくオシャレ。
先進性を醸すものでありながら、僕自身は、ちょっと柔らかさも感じたりする。
こういった名称のつけ方にも、何か工夫があるような気がする。
あるいは、名称のつけ方自体ではなく、そういう名称が生み出されるような空気感であるかもしれない。
そういう部分にも興味がある。

というわけで、(↑以外にも)いろんなことを感じた見学でした。
面白かった。
これからも市川学園の取り組みに注目していきたいと思う。

ところで、やっぱり、生の授業見たり、学校行ったりするのっていいよネェェェ。
最近、減ってた気がする。
もっと色んな学校に行きたい。今の状況じゃ難しいけど。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。(切実)

SIG02 研究会 第4回研究会『教師の学びを促す環境と人事』

JSET-SIG02 教師教育・実践研究
第4回研究会『教師の学びを促す環境と人事』

週末は阪大でSIGの研究会に出てきた。今回は参加者ではなく、シンポジストとして。

環境変化と若手教員の熟達について話をしてきた。基調講演をされたのが川上泰彦先生で、かつ、私と一緒にシンポジストだったのは岐阜の日比校長先生でした。

内容自体も面白かったし、この場(教育工学会の研究会)にこういう人たち(行政経営系)が集まったことも面白かった。そして、この研究会に向けて自分の個人研究に向き合えたことも良かった。

わりと疲れたけど、充実した週末になったと思う。新しい動きもありそうだし。

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内容についての詳細はまた後ほど。ではー。

メンター方式とは① : 中教審答申「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について」を受けて

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【参考:メンター方式に関わるその他の記事】

●メンター方式とは①:メンタリングとは←ココ
●メンター方式とは②:なぜ今メンター方式なのか
●メンター方式とは③:内容や手法の紹介
●メンター方式とは④:セーフティネットとして

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【本文】

2015年12月21日に、「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について」と題された答申が発された。(教育新聞「中教審総会で3答申 馳文科相に手交」https://www.kyobun.co.jp/news/20151222_01/

アクティブラーニング、チームとしての学校ICTなどなど、最近の潮流を表すキーワードも盛り込まれ、様々な面で話題となっている。

例えば、アクティブラーニングはここ数年散々言われてきたが、アクティブラーニング的な学びの場を作れるような教員をどう育てるのか、ということはこれまでそれほど言われてこなかった。また、研究者の身分に関わって言えば教職課程認定の話はスルーできない問題である。

他にも、教員養成指標を策定する流れになったこと、養成・採用・研修の一貫性がうたわれるようになったこと。(これは、これまで割とスルーされてきた「採用」が改革の対象となったという意味合いも持っている。)また、より細かい点としては、教員採用試験における共通問題の作成が示されていることなど、割と多彩なポイントがある。

自分の研究に関わる側面でいえば、「メンター方式」に言及されていることが大きなポイント。ここ数年、横浜市教育委員会とともに、メンターチームに関わる調査や実践を積み重ねてきた(参考:当ブログ「メンターチーム」検索)。
教員養成部会のメンバー(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/1363205.htm)には、かつての横浜調査時に大変お世話になった校長先生の名前もあり、横浜市のメンターチームが一つの参考になった可能性は高いだろう。

しかし、一般的に言って、「メンター」という言葉は認知されているとは言い難いんじゃないだろうか。
自分も初めて「メンターチーム」という言葉を聞いた時(当時は現場の教員であった)は、「メンタル的にサポートするためのチーム」ではないかと思っていた。
多くの人にとって馴染みのある言葉かといえば、そうではないというのが現状ではないだろうか。

そこで、しばらくは(続けば。気持ちが続けば。)メンターやメンタリング、メンターチームについて書いていきたいと思う。
アカデミックに、というよりは、イメージで描いていきたいと思いますんで、もともと研究してる方からはツッコミを受けるかもしれません。
ツッコミお待ちしております、というか、むしろ、修正していただけるのはありがたい。。。

メンターという言葉の語源は、ギリシャ神話に登場する「メントール」という人物だったと思う。メントールは、人生の先輩として王子を導いた人。この物語が由来となって、『指導者・後見人・助言者・教育者・支援者という役割を全て果たす人(久村1997)』を意味する言葉だと言われている。

と、書くと、全知全能というか、ものすごく素晴らしい人をイメージしてしまうかもしれないが、メンターという言葉のイメージとは少しずれてしまうかもしれない。むしろ、次のような感じをイメージしてもらうと分かりやすいんではないだろうか。

社会人になってそれなりの経験をへた人が、かつてを振り返って、「今の自分があるのはあの人のおかげ」みたいな事を言うことってありませんか?
「あの人に出会えたことで私は成長できた」と思えるような人。
相談に乗ってもらったり、悩みを愚痴らせてもらったり、時には方向性を示してもらったり、あるいは叱咤激励してもらったこともあったかもしれない。
若い自分を、それなりに近い距離から見守ってくれたり、背中を押してくれた人。

そういう人を「メンター」と考えると良いと思います。
また、そのメンターと、後輩(メンティーと言います)との関係を「メンタリング」と言います。

昔からある研修っていうのは学ぶ内容を基点に考えるもので、いわゆるOJTは学ぶ場面を基点に考えると思いますが、メンタリングは人と人との関係を先ずベースに考える、という形です。
そういう意味では、視点は異なるとはいえ、これまでの初任者研修やらOJTと、重なる部分もあったりします。実際、大阪府のOJTに関する文書には、メンタリングの概念が紹介されていたりします(次世代の教職員を育てるOJTのすすめ~学校で育てるために~http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/6350/00000000/ojt.pdf)。

また、さらに言えば、かつて日本に自然にあった「同僚性」の中での先輩後輩関係というのは、メンタリングのイメージに最も近いと思われます。
こういった関係を、自然発生に任せず、ある程度公的にサポートしていくのが、「メンター方式」と考えるのが良いと思います。

では、なぜ、この「かつて自然にあったもの」を公的にサポートしていく必要があるのでしょうか。
この辺りについては、「大量採用」が関係しますが、これらについて、次回、書いていきたいと思います。

さて、最後に、本の紹介をしておきたいと思います。
自分の本です。笑
メンターチームについての調査結果をまとめた本です。
後半には、メンターチームを行う上での留意点なども紹介しております。

というわけで、良かったら、ポチしてください。笑
お願いします。

【教師の学びを科学する:データから見える若手の育成と熟達のモデル】9784762828973

続きはこちら(↓)から
参考:メンター方式とは①〜④