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「データから考える 教師の働き方入門」 予約開始! :働き方のプロジェクトにかける思い

[ミンナですすめる働き方改革を目指して]
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この半年間、辻和洋さんと心血注いできた本が、ついに、予約開始になりました。

「データから考える 教師の働き方入門」
辻和洋、町支大祐(編著)、中原淳(監修)
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いやー長かった。特にここ数ヶ月は、執筆、校正などがギリギリの日程で進んで、かなり厳しい状況でした。でも、辻さんと協力しながら(イジられながら?)なんとか進めてきて、やっと、ゴールが近づいてきた気がします。

この本は、学校教育の先生たちの働き方の改善をどう進めるのか、について、主にデータを用いながら述べています。このデータの取得、分析を含め、内容の殆どは横浜市教育委員会との研究をベースにしています。本記事では、書籍の中身そのものにも関わりますが、まずは、そもそもこのプロジェクトにかけてきた自分の思いを述べたいと思います。

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そもそも、この研究プロジェクトが始まったのが2年前、2017年度の4月ごろでした。僕は青学からマナビラボに移ったばかりの頃で、マナビラボでの仕事に慣れなきゃなーなんて思っていたある日、中原先生から「チョイチョイちょうしくん、あとで横浜の先生たち来るから研究室きてね」っと声をかけられたのを覚えています。当時、働き方改革のムーブメントみたいなものが(今から考えると)始まりかけのころで、今ほど具体的な方法が紹介されていたり、施策がそこまで出てきてはいない段階でした。

その頃からすでに2年間、働き方改革に関わってきたわけですが、一貫して、僕なりに大切にしてきたことがあります。それは、働き方改革を「誰かを置いてけぼりにしたまま進めたくない」ということです。別の見方から言うと、かなり丸い言い方になりますが、「”みんなで“働き方改革を進めよう」ということです。

そう考えるきっかけになったのは、SNS等で見る発信と、身の周りにいる先生たちの話とのギャップにあります。例えば、SNS上では、学校はブラックで、思考停止していて、働き方改革を進めようとしない管理職や教員はおかしい、という論調も(もちろん全てではありませんが)強いです。一方で、このプロジェクトを含め、様々な研究等で学校に入って先生方と話すと(そういった機会がたくさんあります)、働き方改革に対して「あんなのはオカシイ、一生懸命頑張る先生を否定している」と明確におっしゃられる方や、「わかるけどさー、無理だよねー」とおっしゃられる方もたくさんおられました。
こういった考え方、感じ方のギャップが、様々な場面で亀裂・対立として表面化しているのもたくさん目にしてきました。例えば、SNSを見ていると、教員の労働環境を変えることに一生懸命になっている先生が、働く学校内で孤立したり苦しんでらっしゃる姿がたくさん綴られてました。一方で、新聞や雑誌等に寄稿された、「教員は、子どものために時間をかけて丁寧に向き合うべきだ」といったようなメッセージが、ボコボコに叩かれているのも目にしました。

私は、この点に危惧を感じました。そもそも教員の働き方を改める目的は、もちろん教育の質の向上や転換もありますが、直接的には教員の働き方を改善し、教員が幸せに生きられるようにすることだとおもいます。ですが、私から見れば、働き方改革のムーブメントによって、学校という職場が幸せになっているとは思えなかったのです。(もちろん、それに成功されてる学校もあります)

ここを「どうにかしたい」という思いでプロジェクトに関わってきました。

教職志望者の減少をはじめ、様々な状況を見てみると、学校という職場がこれまでの働き方のままで持続可能だとは思えません。制度や政策もどんどん変える方向に進んでいます。(本書も、「いかに進めるか」を重要なポイントとしています。)でも、このまま、その方向性に納得していない先生たちを置いてけぼりにして、そういった方々を単なる抵抗勢力とあつかっていけば、当然、その先生たちはどんどんシラけていくでしょう。自分が人生をかけて築いてきたものが押し流されるように否定されれば、多くの人が不幸せに感じることでしょう。
一方で、そのように無理矢理変えていくことは、改革の行く末にも暗雲をもたらすように思います。どんなに制度を変えても、最後に働き方の決定権を握るのは、その「働く人」です。残業代がなくてもこれだけ働いてきた教員です。改革にモヤモヤしている人たちをどうにかして巻き込んでいかないと、制度は骨抜きになり、実質的にはそれほど変化はなかった、という結論にもなりかねません。すでに「どうして変わってくれないんだろう」という焦りやイライラを感じてらっしゃる方もいるのではないでしょうか。
また、ご存知のように現場が直面しているのは働き方の問題だけではありません。働き方の問題をきっかけにして、この仕事に対してシラけを感じ、モチベーション‘ダダ下がり…’の教員が増えてしまったり、働き方改革をきっかけに職場内に深い溝ができれば、それらの他の問題にとっても良いことはありません。
つまり、このままじゃ、誰も幸せにならないのではないかと思いました。

現状では、このギャップや溝をそのままにしたまま働き方改革の議論が進んでいるように思います。私の思いとしては、もうちょっと、違いは違いとして認識しながら、それでも一緒に考えながら、働き方の改善を進められないだろうか、ということを考えています。また、そのような形をとりながら、それでも効果的に実質的に進めるにはどうしたらいいのか、ということをずっと考え続けています。甘い、と思われるかも知れません。根強い文化を変えるには強引さが必要、と言われるかもしれません。でも、前述した通りこのギャップをそのままにすすめるのは、進めたい人にも進めたくない人にとっても不幸なように感じます。

では、どうするか。

僕は対話や議論、そして、そのきっかけになるデータの力を信じています。データが全ての答えを出すわけではありません。でも、データは、議論の土台になります。何も見えない中でこうするべきだ、ああするべきだ、というのは印象のみをもとに語られるので、議論が空中戦になりがちです。そして、そういった空中戦を避けるために、議論自体を避ける動きも生じてしまいがちです。
でも、データによる「見える化」を通した議論は、一定の共通認識をもちながら考えることが出来るので、地に足のついた議論が可能です。考え方の異なる人同士で何かを進めるには、こういった「土台」が必要ではないでしょうか。

私の思いとしては、願わくば、今回の書籍自体が、世の中におけるそういった対話のきっかけ、議論の土台になって欲しいと思っています。働き方改革を進めたい人、働き方改革にモヤモヤを感じている人、どちらにも読んでいただいて、それをもとに議論や対話をしていただけたらと願っています。

書籍の中では、ここで述べたことに関連する、「なぜ今働き方改革なのか」というテーマについて1章を割き、改革へのモヤモヤも含めて様々な視点から考えています。そのうえで、現状の教員の働き方について、そして、その改善をどうすすめていくか、という点について、どちらもデータをもとにしながら述べています。(データというと、小難しい感じに思われる方もいるかもしれません。でも、先程来のべてきたように、色んな人に見ていただきたいと思っており、分析も、その結果の表現も、分かりやすいシンプルな形にしています)
また、データ以外にも、教員の働き方を描いたストーリーや、働き方を変えていくための具体的な手法の紹介、そして、働き方に関して様々に発信してらっしゃる方々と中原先生との対談等もおさめています。

具体的な内容については、また改めて少しご紹介できればと思いますが、今回は、書籍を含めた今回のプロジェクトにかける私自身の思いについて紹介させていただきました。

最後になりますが、もう一度広報しておきます。

「データから考える 教師の働き方入門」 予約、開始しました!!!!!

「データから考える 教師の働き方入門」
辻和洋、町支大祐(編著)、中原淳(監修)

(クリックするとamazonに飛びます)

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本プロジェクトでは、横浜市教育委員会の立田順一さん、柳澤尚利さ、外山英理さん、松原雅俊さん、根本勝弘さん、飯島靖敬さん、野口久美子さん、大学側は、中原先生、辻さん、飯村春薫さんと、ご一緒させていただいています。今後ともよろしくお願いします。

探究の指導ができる教員の育成

ある依頼された研修会のお題。
これはかなり難しい。

そもそも、「探究の指導ができる」ってどういう状態なのか。

「一緒に考えられること」

か。
そこが入り口であることは間違いない。

でも、「考える」って広すぎるよな。
探究において「一緒に考える」ってのは、「なんとなく調べてみる」とか「なんとなくアイデア出ししてみる」みたいなこととは違うわけで。

そんなこと考えてると分からなくなるな。

そして今回さらにむずいのは、そこに「育成」の要素があること。

入れ子の入れ子の入れ子

・探究するのは生徒
・それを指導できる教員
・そういう人を育成できる教師教育(者)

むむむむずい。

これはかなりのハードル。

あらためて、「感情」

最近、グループワーク系の授業の事後検討会に出てて思うけどグループワークとかを振り返る時には(特に学校の場合には)コルトハーヘンさんの8つの窓ってものすごく有効だなと思う。

スクリーンショット 2018-11-06 15.31.54

特に「感情」に対するフォーカス。わりとあるのが、鍵になりそなフレーズが出ているのに、そこから話が広がりを見せない時。そこを「司会のスキル」とか「対話に慣れてない」って話に持って行きがちだけど、結構「感情」、特に、「怖さ」の影響ってあると思う。

・流れと違いそうな事をいう事への怖さ。
・流れと違う事を言ってしまいそうな時の怖さ。
・みんなの頭に小さなハテナが浮かんでいる時の沈黙の怖さ。

→小さなハテナについて掘り下げるのも、そのまま沈黙しておくのも怖いので、「とりあえず次の人に回す」みたいなことをやっちゃって深まらない。

やっぱり、感情に「も」目を向けるのって大事よね。

とか思いました。

相模原 経験の少ない教員養成のためのリフレクション

先日、都留文科大学の山辺さんと一緒に、相模原市の学校運営推進者研修に登壇した。
テーマは「経験の少ない教員養成のためのリフレクション」。

毎年、この時期に登壇して4年目になる。
同じテーマで同じメンバーで登壇しており、なんとなく定点観測ができる感じ。

山辺さんも僕も少しずつ立場が変わりながら、
そして、山辺さんも僕も少しずつ、不必要な力みが取れて、
ナチュラルな状態で登壇できるようになってきたと思う。

今回、改めて玉ねぎモデルの話を聞いて、「刺さる」なぁ、と思った。
参加してくださった皆様に、というのもあるが、「自分に」という意味でもある。
自分の使命(自分がこの世界に入る時に決意したこと)や、
強み(言葉にはしづらいw特にブログではw)なり、そういったものを大切にしながら、
でも、外圧もきちんと受け止めながら(←僕はここをカワして生きたくはない)
生きていきたい。

一緒に登壇しながら、改めて思った。

来年度も楽しみである。

教師教育学会と教育工学会

今週末は土曜に教師教育学会@学芸大で発表

→午後から日曜(今日)にかけて教育工学会@東北大

という学会のはしごだった。

 

土曜日は自分がファーストで帝京大中田先生との科研。

自分の中での迷いがある段階で発表をすると,

発表時間は乗り切れても,そのあとの質疑がつらい。

「PLCを用いるわけ」は,せめて自分の中で整理をつけとかねばならないものだった。

ここんとこ生煮え発表ばかりを続けていて,よくないと思う。

が,前に進むしかねーだろー的な気持ちもあるw

 

土曜日午後,移動しながらちょっとした嬉しい情報があって,

久しぶりの人ともたくさん会えて,午後・懇親会とハッスルしていた。

東北のお酒やご飯はとてもおいしかった。

 

今日の学会では,【生徒が授業研究を行う】という事例についての発表があった。

不勉強ながら,そういう事例があることをしらなかった。(常識なんすか?)

そこを研究対象としているグループが,まだ調査をはじめたばかりということで,

詳しい中身については報告されなかったが,今後も注視していきたい。

そのグループはカリマネの視点から見るらしい。

子ども参加の視点から見る可能性も提示されていた。

面白そう。

 

そんなこんなで充実した週末であった。

一方,体はボロボロである。

台風も来るし,早く帰って休も。

 

そんなことを思った日曜17時。