カテゴリー別アーカイブ: 教育

「先生の夢」って本を読んだ。 ~働き方改革のこと~

「先生の夢」って本を読んだ。10年前の本。
https://www.amazon.co.jp/dp/4902097192

そこにはたまたま、大学院の仲間で、かつ、中学校教員時代の同僚の恩師であるセンセイの言葉がのっていた。

=====
「息子、産まれました。俺に似てヤンチャだから、先生に担任してほしいんだ」泣きそうな気持ちをおさえて「おむでとう」と伝えた。(正確ではないけど、そんな感じ)
=====

みたいな一文があった。
その一節が、帯になっていた。

僕はこの本に糞ほどに感動した。
「あぁ、、、これだよね」と思った。

でも、このセンセイ達の働き方は今で言えばブラックだ。
残業もしまくりだし、ヤンチャな卒業生が自宅に集まる。
働き方改革でいったら、改善の対象であることはまちがいない。

僕は働き方改革のプロジェクトに関わってるけど、どうしていいのか分からなくなる。
このセンセイ達がシラケるような改革で、ほんとにいいんだろうか。
どろどろとした中からなんとか光を見いだしてきたセンセイ達のその働き方をどう考えたらいいんだろうか。

このセンセイ達に会ったら、いまの働き方改革をなんというんだろう。

ほんとに分からなくなる。

いまのままじゃジリ貧なのもよくわかる。
変える必要がある。
これ多分間違いない。
自分の家族の状況を考えても、そう。

とはいえ、みんながシラけるような、これまでを否定するだけの改革じゃ、ただの悲劇でしかない。

どうしたらいいんだろうなぁ。

分からなくなる。

少なくとも、単なる時関数削減とか、業務削減とか、そういうだけではない、重い、重い重い、相当覚悟が必要な改革であること。

その事は自覚していたいと思う。

平成25年の都道府県別教員年齢構成を出してみた

先日、石川先生のメルマガに記事を書かせていただく機会をいただき、大量採用に関連することを書いた(メルマガのページはこちら)。その際に、石川先生のFBのコメント欄で地域差についての話題が出ていたので、改めて都道府県ごとの年齢構成を出してみた。

対象は小学校教員。データもとは、H25学校教員統計調査。http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172
(留意事項①年齢であって経験年数でない。左の山がそのまま採用数を表すわけではない。②比較のため、人数ではなく%で示している)

幾つかの都道府県をピックアップすると、主に下の3群のイメージ

H25年小公教員年齢構成%

A群 都市部。すでに大量退職と大量採用。この時から4年経ってるので、現在は、右の山が小さくなり、左の山が大きく高くなっているだろう。

B群 基本的にはこのまま右にずれていくので、このグラフの数年後からは大量退職と大量採用が訪れると思われる。つまり、これからA群と同じ波が来る。統廃合や少子化の影響は受けるが、極端な山なので、それなりに採用増にはなる。また、行政が先を見越して再任用などの施策で年齢のバランスを考える可能性はあり得るが、だとしてもそれ以上の採用増で若手の割合がかなり高まると思われる。

該当するのは都市部以外のほとんど。実際数えたわけではないが、この群が多数派と思われる。岡山などは、A群とB群の間ぐらいで、右に大きい山、左に小さい山がある感じだった。

C群 FBのコメント欄で話題になっていたところをピックアップ。実際、右に山頂があるけれど、かなりなだらかな状態だった。年齢構成の歪さはかなり小さい。これらの自治体は少し状況が異なる。今後も、統廃合や少子化の影響、また、再任用などの施策で、他府県のような大量採用は起きないかもしれない。一定増はあるだろうが。

グラフに書いた3都道府県以外で言うと、沖縄がこの形だった。話題にあがっていた秋田はどちらかというと、B群に近い形をしていた。

▼▼▼

地域間の差は、主に大量退職・大量採用が訪れる【時期の差】。都市部は少しずつおさまり気味。地方はこれから。ただし、北海道・青森・鹿児島・沖縄あたりは少し特殊な状況。これらの自治体では少しずつ採用増えるし、それも長めに続くと思うが、急激な変化は無いかもしれない。

非常勤が始まりました

今日から今年度の非常勤が始まりました。
専修大学での「教育学入門」です。

今年はなんとなく、去年より、ナナメに構えながら授業を考えていこうと思っています。
去年は、なんだか形を気にしすぎて、正面突破しようとしすぎました。
その反省をいかして、今年はナナメにいこうと思います。

さて、今日は第一回。

どえらい人数が多かった(2コマで650人)ので、サムイ感じでいこうと決意を固め、「調子にのってる町支です」から初めて、ペラペラとしゃべってきました。おサムいオヂサン的なキャラ設定をすることにより、履修人数を減らしていこうという作戦です。
これには、なんだか付随する効果があって、適当にしゃべればしゃべるほど、『ときどき見せる真面目さ』が際立つ気がしました。妙にエッジの効いた、メリハリのあるトークをしているような、なんだか、そんな気分でした(自画自賛)。

ちなみに、この人数なのでワークとかはヤリづらいところもあります。色々と試みたいとはおもいつつ、まだ形は見えてきてない、そんな感じです。

さて、その後、内田洋行@八丁堀で打ち合わせをして、本郷に行って、帰ってきましたとさ。

ほんで、さきほど、今日の授業について何か書かれてるかなと思ってエゴサーチしてみたところ、案の定、いくつか出てきました。
twitterには、「履修人数を減らすためにサムイギャグを連発しとる教授がいた」的な書き込みがあり、(教授ではないけど)もしかしたら僕かな〜と思ってたどってたら「ピコ太郎やりはじめた」とか書いてあったので自分だと確信しました。

ピコピコピコリーン。

スウェーデン

3月上旬にはスウェーデンに行ってきました。

幾つかの学校を見てきましたが、「おもしれーなー」と思った場面の写真、あげときます。

それぞれどんな風に気になったかはまたいずれ書きます。

20170307_134022

20170307_134111

20170308_140833

20170308_141909

そんでもって、今回の視察のラストでは、ストックホルム大でTeacher Educationについてプレゼンをしてきました。

英語になっても、相変わらずろくろを回しておりました(↓左上)。

Collage_Fotorstock_Fotor stosto

今回の英語プレゼンでちょっと思ったのは、意外と「主語で迷う」ってこと。

内容はスライド見たらだいたいイメージできるんだけど、それを英語で話そうとした時、自然に主語が出てこなくて焦りました。

そのあたり、いつかまた英語プレゼンする時は気をつけたい。。。

今回の視察については、ストックホルム大でも記事にしてくださったようで、↓のような形になっていました。

http://www.su.se/lararutbildningar/l%C3%A4rarstudent/studera-utomlands/utbyte-med-teikyo-universitet-1.326601

スクリーンショット 2017-04-01 2.26.05

グググと引き込まれる勉強会って。 : 「主権者教育と生徒会活動」の勉強会に参加して

土曜は、社会科に関わる民間勉強会に参加した。
テーマは「主権者教育と生徒会活動」。

▼ 主権者教育

会は、松下政経塾出身で湘南台高校のシチズンシップ教育などの実践で知られ、現在、神奈川県教委の「小・中学校における政治的教養を育む教育」検討会議で座長をつとめておられる西野偉彦先生の講演、それから、かつて私が勤めていた横浜市立中学校の先輩である北村明裕先生の、実践をもとにした講演、の二本立てであった。

20170227_024510

当日資料の一部

前半の西野先生の講演は、途中から加わったので全体を見ることはできなかったが、ドイツの学校会議の事例は非常に興味深かった。学校会議は、生徒代表と教員代表や外部委員等によって構成され、実際に校長の選出(承認だったかな?)に権限を持っている、とのことだった。
また、最後の質疑応答の時に少し話されていた「きれいな政治参加だけを見せる必要はない」といった言葉が非常に興味深かった。主権者教育はある意味、民主主義の理想を見せたいと思ってしまいがちだが、でも、実際の政治においては、政治に失望したり、しがらみが絡んだり、グジャグジャしている。そういったところも含めての「主権者教育」であり、「生徒会活動」のなかにはそういう要素もあってよい、という話が(おそらく西野さんのお話の主要な論点ではなかったかもしれないが)なんだか力強くてとても印象に残った。(参考リンク:西野先生のサイト

また、北村先生のお話は、私が実際に勤めていた中学校の実践について話されていたので懐かしさもありつつ、北村先生の実践に対する用意周到さ(?)というか、きめ細やかさを感じるものだった。3年間を見通して、子どもを育てつつ、学校も変えていく姿勢を久しぶりに感じられて、懐かしかった。すごく実践的で、たくさん参加されていた現場の先生方にとってすごく参考になるお話だっただろうと思う。

北村先生の話の中で、私自身にとって特に印象に残ったのは2点。
一つは、「あくまで主役は全校生徒だ」という話。そして生徒会は、それを醸成していくための「仲間」である、というところ。仲間として育て、一緒に関わる中で、結果的に一番育つのは生徒会役員であろうが、それでもあくまで主役は「全校生徒」であり、全校生徒に「自分で決めて、自分で変える」を体験させることがゴールである、と語られていたし、その目標を生徒会とも共有していた、と。確かにここを間違えると、単に生徒会にリーダー経験をさせるだけになってしまう可能性があるし、見るべきポイントがズレてしまうかもしれない。
もう一つは、フォロワーシップの話。私自身、フォロワーシップは重要だと思っている。生徒会だけが先走って色々と前に進めても、それが浮いて見えちゃったら話にならない。また、上の話と合わせて考えれば、全校生徒を主役にするには、生徒総会の場だけで完結する話ではないはずで。。。そのあたりを北村先生に質問してみたところ、北村先生の答えは、「草の根から民主主義を経験させる」ということであった。班長選びにしてもそう。「選ぶ-選ばれる、そこに権限と責任を生じさせる」という経験を草の根からやっていく。惰性でやるのではなく、丁寧にやる。そこから主権者教育は始まるんだ、という話だった(熱い!!!)。
学校全体が民主的でなければ民主的なクラスは作れない、という話がどっかであった気がするけれど、それと似た様な所があるかな。クラスのちょっとした一場面からして民主的じゃなければ、民主的な生徒会は行えない、という話かなと思う。このあたりが印象的だった。

▼ 今の世の中をどう捉えるか

さて、ここからはちょっと話は変わって、勉強会の2次会で感じたこと。

f0140365_1922161

ホッピーたくさん飲みました…

これまでも北村先生の「熱さ」「暑さ」にはいつも感化され(圧倒されw)てきたところがあるんだけど、「この熱さはどこから来るんだろう」と2次会のあいだ考えていた。で、その結果思ったこと。それは、出発点が「学校」ではなく「社会」だってことかもしれない。

昨日の飲み会でも所々で、「今の社会ってさ…」「子どもたちが生きていく社会ってさ…」という発言があった。そこがスタート地点なのだ。いつも、これからの社会に必要なこと、これからの子ども達に必要な力を自ら考えているし、そして、それが学校教育を通じて達成できると信じている。昨日の話で言えば、主権者教育はそういう北村先生の思いを実践に落とし込んだらたまたまそうなったという話で、出発点は、北村先生が今の世の中をどう捉えているか、というところにある。

一方、僕も含めて参加者は「主権者教育ってどうやるの」というところから考えてしまう。なんとなく必要そうだからやるわけで、かつ、それによって世の中がどうなるかなんて考えたりしない。本当によのなかに関係していくのか、さえ意識していない。もちろん、北村先生だって表立っては「世の中のために」なんて言わないけれど、いつもどこかそれが念頭にある気がする。
こういう勉強会に参加することはたまにあるけど、なんというか「ぐぐぐ」と引き込まれる時とそうでない時がある。その違いも、ここにあるのかも。○○教育や○○法のハウツーを教わるような会に出ても、なんとなく引き込まれないのは、そのあたりかもしれない。。。そういった意味で、昨日の勉強会はとても面白かった。

▼ 熱さの一端を…

そんなことを感じた夜だった。
自分自身、イベントを開催したりする時もあるわけで。
そう思うと、北村先生ほどの熱さを身にまとうことはないと思うけど(笑)、でも、自分自身の土台として「世の中とその実践との関係」については考えていきたいし、どこかそういうものを感じさせる人間でありたいなと思う。

以上