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【本日発売!】「データから考える 教師の働き方入門」

今日、2/28は「データから考える 教師の働き方入門」(辻和洋・町支大祐編著、中原淳監修)の発売日です。とうとう出ました(涙)。

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本書「データから考える 教師の働き方入門」は、横浜市教育委員会×中原研究室の共同研究「持続可能な働き方プロジェクト」の研究成果をベースにしています。このプロジェクトでは、横浜市教育委員会の教職員育成課のみなさまとともに、学校の働き方調査や、働き方の改善に取り組んできました(教職員育成課のみなさま、ありがとうございます!)。

※(参考)このプロジェクトに込めた思いについては以前、ブログに書きました
https://cdai80.wordpress.com/2019/02/07/%E4%BA%88%E7%B4%84%E9%96%8B%E5%A7%8B%EF%BC%81%E3%80%8C%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%81%8B%E3%82%89%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B-%E6%95%99%E5%B8%AB%E3%81%AE%E5%83%8D%E3%81%8D%E6%96%B9%E5%85%A5%E9%96%80/

本書の特徴の一つは、タイトルにもある通り、データを用いていることにあります。例えばこれ、

●休憩時間に休憩できてない教員99.6%

休憩時間に休憩できてない教員99.6% 。休めてるのは0.4%のみ。さらっとすごい数字が出ています。

近年、たくさんの行政調査などが行われ、過労死ライン以上は●●%といった数字は、繰り返し出されています。本書は、そういった質問も行なっていますが、それに加えて、働き方や職場に関する先生方の「認識」もたずねています。それらをクロスすると、例えばこんな調査結果も見えてきます。

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教員がどうしても長く働いてしまう原因の一つ(他にもたくさんありますが、そのうちの一つ)には、「不安」があるのではないでしょうか。特に若い人に多いかもしれません。明日の授業が、明日の学活が不安。生徒は待っているのに準備ができていない。準備不足で右往左往してしまう自分を想像して不安。だから、「できうるかぎり」の準備をしてしまう。そんな不安が長時間労働を生んでしまうのかもしれません。

こういったように、データを通じて、「なぜ長時間労働が起きるか(2章)」あるいは「長時間労働を改善するには(3章)」といった点について、様々な切り口からデータを通じて考えています。

もう一つの特徴は、ストーリーを大切にしている点です。データは、その数字だけでは何も語りかけてはくれません。その背後には人がいて、働き方には一人一人に物語があります。そういった一人一人の物語に思いを馳せてこそ、はじめて数字に意味が出てくるのだと思っています。我々は、そのメッセージを序章と5章(対談章)に込めました。

序章では、複数の匿名の教員に寄り添って、働き方のストーリーを編んでいます。ここでは、辻さんの文章力がふんだんにいかされています(プロフェッショナル!!)。

●序章

 

また、5章では、中原先生と三人の先生方の対談があります。岩瀬直樹さん、杉本直樹さん(ダブル直樹さんだ!)、住田昌治さんにお話をうかがっています。3名の方々がこれまで働き方についてどんな経験をされてきたか、そして、働き方の改善が進んだ先にはどんな学校や教師がありうるのか、といった点について語っていただいています。それぞれの先生にしか語っていただけないことも語っていただけたように思います。ここの章を読むためだけに買っても惜しくないくらいだと思います(自画自賛ですみません。でも本当に面白いです)。

●対談

5章には、あわせて特別対談があります。横浜市で教員の働き方改革に取り組んでいる二人の課長(立田順一課長、島谷千春課長)にお話しいただいています。これがまた、”他では聞けない話”が色々あって面白い。行政の方としてギリギリのところまで語ってくださっているように思います。一方で、もともと現場にいながら、あるいは、もともと文科省にいながら、今は教育委員会の一員として学校現場に働きかけることへの迷いや難しさのようなものも滲み出ていて、「なるほどなー、行政にいる方はこういう風に考えているのか」と考えさせられるところがたくさんあります。

さて、データとストーリーという2つの特徴を見てきたわけですが、もう一点、本書で大切にしてきた点があります。それは、「組織で取り組むことも視野に入れている」という点です。もちろんどのように働くか、ということは、個人に原点がある問題です(個人の働き方に関するデータやストーリーももちろんたくさん取り扱っています。)しかし、学校として業務の一部をやめたり、というところまで踏み込んでいくことを考えるならば、働き方の改善には「組織」で取り組むことも視野に入れてとらえる必要があると考えています。

これは同時に、働き方の改善に「それほど積極的でない」先生や、「迷いを感じている」先生も巻き込んでいく必要がある、ということを意味しています。本書は、そういった先生にも読んでいただける本、そして、読んでいただきたい本です。また、そういった先生方を「巻き込みたい」と思っている方にもぜひ読んでいただきたいと思っています。
働き方改革に対して、迷いや葛藤を感じるのは、ある意味当然かもしれないと思っています。数年前までは、今の働き方改革の流れとは異なり、とにかく時間や労力をかけることは単純に良いこととされてきました。それが急に変わってきたことにとまどいを覚える人もいるのは当然です。そういったことを考えると、働き方の改善をすすめていくうえで感じる「モヤモヤ」は、どこかで一度整理してみることも必要ではないでしょうか。それらを整理したうえで、それでも進めていくべきなのかどうかを考える。そのステップをふまずに「世の流れだから」ということで推し進められても、なかなか「腹落ち」して働き方改革を進めることはむずかしいのではないでしょうか。
1章では働き方改革が求められる背景や、働き方改革に感じるモヤモヤのどちらにもスポットライトをあてています。

例えば、もやもやの原因①

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また、本書自体が、働き方改革に積極的な先生と、働き方改革に迷いを感じる人と、そういった方々の対話のきっかけになったらいいなとも思っています。様々なデータは、双方にとって意外な点や、「あるある」と感じられる点も多いように思います。本書のデータを対話の「素材」にしていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。

ここまで書いてきたコンテンツを含め、本書は以下のように展開していきます

序章:教員の働き方についてのルポ
1章:働き方改革についてのモヤモヤと、働き方改革を行う背景
2章:データから考える教員の働き方のリアル
3章:データから考える教員の働き方改善のヒントと進め方
4章:働き方改善のための具体的な打ち手
5章:対談

どこからお読みいただいても、参考にしていただけるところがあるかと思います。
ぜひ、お手にとっていただけたら幸いです。
ポチっとしていただけたらさらに嬉しいです(笑)
アマゾン等、もう一度あげておきます!

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最後になりますが、本書のベースとなったプログラムは、横浜市教職員育成課のみなさまとの共同研究です。大変お世話になりました(本日も一緒に研修ですね!笑)。特に、本書にも執筆協力いただいた立田順一課長や柳澤尚利主任指導主事には、夜のカフェで最後まで原稿チェックをともにしていただいたこと、忘れません。また、執筆のプロセスのすべてについて、毎日新聞出版の久保田章子様に後押しいただきました。ありがとうございました。再度になりますが、対談にご参加いただいた、岩瀬直樹先生、杉本直樹先生、住田昌治先生、島谷千春課長にも感謝申し上げます。
そして、中原先生。いつも様々な舞台を用意してくださり、ありがとうございます。今回の舞台は、これまでで最もハードだった気もしますが、一方で一番充実していたようにも思います。そして最後の最後に辻さん。執筆プロセス、楽しかったです。ありがとうございました!これからもしばらく、一緒に頑張りましょう!!

 

 

【関連するサイト】

・辻さんのブログ
http://www.tsuji-lab.net/entry/2019/02/14/073000?fbclid=IwAR1OaFuvhU_ESZ8UeCOR8jxnxi95fTrI_Vl6Jo9OUFvsLeBPLx-IpBiT1RU

・横浜市教育委員会×中原淳研究室 共同研究のページ
http://www.edu.city.yokohama.jp/tr/ky/k-center/nakahara-lab/index.html

 

【おまけ】

・昨日、池袋のジュンク堂にいったら、すでに並べてありました

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「データから考える 教師の働き方入門」 予約開始! :働き方のプロジェクトにかける思い

[ミンナですすめる働き方改革を目指して]
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この半年間、辻和洋さんと心血注いできた本が、ついに、予約開始になりました。

「データから考える 教師の働き方入門」
辻和洋、町支大祐(編著)、中原淳(監修)
(クリックするとamazonに飛びます)

いやー長かった。特にここ数ヶ月は、執筆、校正などがギリギリの日程で進んで、かなり厳しい状況でした。でも、辻さんと協力しながら(イジられながら?)なんとか進めてきて、やっと、ゴールが近づいてきた気がします。

この本は、学校教育の先生たちの働き方の改善をどう進めるのか、について、主にデータを用いながら述べています。このデータの取得、分析を含め、内容の殆どは横浜市教育委員会との研究をベースにしています。本記事では、書籍の中身そのものにも関わりますが、まずは、そもそもこのプロジェクトにかけてきた自分の思いを述べたいと思います。

ーーーーーーーーーー

そもそも、この研究プロジェクトが始まったのが2年前、2017年度の4月ごろでした。僕は青学からマナビラボに移ったばかりの頃で、マナビラボでの仕事に慣れなきゃなーなんて思っていたある日、中原先生から「チョイチョイちょうしくん、あとで横浜の先生たち来るから研究室きてね」っと声をかけられたのを覚えています。当時、働き方改革のムーブメントみたいなものが(今から考えると)始まりかけのころで、今ほど具体的な方法が紹介されていたり、施策がそこまで出てきてはいない段階でした。

その頃からすでに2年間、働き方改革に関わってきたわけですが、一貫して、僕なりに大切にしてきたことがあります。それは、働き方改革を「誰かを置いてけぼりにしたまま進めたくない」ということです。別の見方から言うと、かなり丸い言い方になりますが、「”みんなで“働き方改革を進めよう」ということです。

そう考えるきっかけになったのは、SNS等で見る発信と、身の周りにいる先生たちの話とのギャップにあります。例えば、SNS上では、学校はブラックで、思考停止していて、働き方改革を進めようとしない管理職や教員はおかしい、という論調も(もちろん全てではありませんが)強いです。一方で、このプロジェクトを含め、様々な研究等で学校に入って先生方と話すと(そういった機会がたくさんあります)、働き方改革に対して「あんなのはオカシイ、一生懸命頑張る先生を否定している」と明確におっしゃられる方や、「わかるけどさー、無理だよねー」とおっしゃられる方もたくさんおられました。
こういった考え方、感じ方のギャップが、様々な場面で亀裂・対立として表面化しているのもたくさん目にしてきました。例えば、SNSを見ていると、教員の労働環境を変えることに一生懸命になっている先生が、働く学校内で孤立したり苦しんでらっしゃる姿がたくさん綴られてました。一方で、新聞や雑誌等に寄稿された、「教員は、子どものために時間をかけて丁寧に向き合うべきだ」といったようなメッセージが、ボコボコに叩かれているのも目にしました。

私は、この点に危惧を感じました。そもそも教員の働き方を改める目的は、もちろん教育の質の向上や転換もありますが、直接的には教員の働き方を改善し、教員が幸せに生きられるようにすることだとおもいます。ですが、私から見れば、働き方改革のムーブメントによって、学校という職場が幸せになっているとは思えなかったのです。(もちろん、それに成功されてる学校もあります)

ここを「どうにかしたい」という思いでプロジェクトに関わってきました。

教職志望者の減少をはじめ、様々な状況を見てみると、学校という職場がこれまでの働き方のままで持続可能だとは思えません。制度や政策もどんどん変える方向に進んでいます。(本書も、「いかに進めるか」を重要なポイントとしています。)でも、このまま、その方向性に納得していない先生たちを置いてけぼりにして、そういった方々を単なる抵抗勢力とあつかっていけば、当然、その先生たちはどんどんシラけていくでしょう。自分が人生をかけて築いてきたものが押し流されるように否定されれば、多くの人が不幸せに感じることでしょう。
一方で、そのように無理矢理変えていくことは、改革の行く末にも暗雲をもたらすように思います。どんなに制度を変えても、最後に働き方の決定権を握るのは、その「働く人」です。残業代がなくてもこれだけ働いてきた教員です。改革にモヤモヤしている人たちをどうにかして巻き込んでいかないと、制度は骨抜きになり、実質的にはそれほど変化はなかった、という結論にもなりかねません。すでに「どうして変わってくれないんだろう」という焦りやイライラを感じてらっしゃる方もいるのではないでしょうか。
また、ご存知のように現場が直面しているのは働き方の問題だけではありません。働き方の問題をきっかけにして、この仕事に対してシラけを感じ、モチベーション‘ダダ下がり…’の教員が増えてしまったり、働き方改革をきっかけに職場内に深い溝ができれば、それらの他の問題にとっても良いことはありません。
つまり、このままじゃ、誰も幸せにならないのではないかと思いました。

現状では、このギャップや溝をそのままにしたまま働き方改革の議論が進んでいるように思います。私の思いとしては、もうちょっと、違いは違いとして認識しながら、それでも一緒に考えながら、働き方の改善を進められないだろうか、ということを考えています。また、そのような形をとりながら、それでも効果的に実質的に進めるにはどうしたらいいのか、ということをずっと考え続けています。甘い、と思われるかも知れません。根強い文化を変えるには強引さが必要、と言われるかもしれません。でも、前述した通りこのギャップをそのままにすすめるのは、進めたい人にも進めたくない人にとっても不幸なように感じます。

では、どうするか。

僕は対話や議論、そして、そのきっかけになるデータの力を信じています。データが全ての答えを出すわけではありません。でも、データは、議論の土台になります。何も見えない中でこうするべきだ、ああするべきだ、というのは印象のみをもとに語られるので、議論が空中戦になりがちです。そして、そういった空中戦を避けるために、議論自体を避ける動きも生じてしまいがちです。
でも、データによる「見える化」を通した議論は、一定の共通認識をもちながら考えることが出来るので、地に足のついた議論が可能です。考え方の異なる人同士で何かを進めるには、こういった「土台」が必要ではないでしょうか。

私の思いとしては、願わくば、今回の書籍自体が、世の中におけるそういった対話のきっかけ、議論の土台になって欲しいと思っています。働き方改革を進めたい人、働き方改革にモヤモヤを感じている人、どちらにも読んでいただいて、それをもとに議論や対話をしていただけたらと願っています。

書籍の中では、ここで述べたことに関連する、「なぜ今働き方改革なのか」というテーマについて1章を割き、改革へのモヤモヤも含めて様々な視点から考えています。そのうえで、現状の教員の働き方について、そして、その改善をどうすすめていくか、という点について、どちらもデータをもとにしながら述べています。(データというと、小難しい感じに思われる方もいるかもしれません。でも、先程来のべてきたように、色んな人に見ていただきたいと思っており、分析も、その結果の表現も、分かりやすいシンプルな形にしています)
また、データ以外にも、教員の働き方を描いたストーリーや、働き方を変えていくための具体的な手法の紹介、そして、働き方に関して様々に発信してらっしゃる方々と中原先生との対談等もおさめています。

具体的な内容については、また改めて少しご紹介できればと思いますが、今回は、書籍を含めた今回のプロジェクトにかける私自身の思いについて紹介させていただきました。

最後になりますが、もう一度広報しておきます。

「データから考える 教師の働き方入門」 予約、開始しました!!!!!

「データから考える 教師の働き方入門」
辻和洋、町支大祐(編著)、中原淳(監修)

(クリックするとamazonに飛びます)

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本プロジェクトでは、横浜市教育委員会の立田順一さん、柳澤尚利さ、外山英理さん、松原雅俊さん、根本勝弘さん、飯島靖敬さん、野口久美子さん、大学側は、中原先生、辻さん、飯村春薫さんと、ご一緒させていただいています。今後ともよろしくお願いします。

この本が気になっている

この本が気になっておる.

Teachers Leading Educational Reform: The Power of Professional Learning Communities (Teacher Quality and School Development)

Alma Harris / Michelle Jones / Jane B. Huffman 

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amazonに飛びます

理由は幾つか.

一つは,PLCの最新の話を知りたいということ.

もう一つは日本のPLC論への疑問.日本のPLC論は授業研究や校内研究に偏っている気がする.もう少し広い概念じゃないかと思う.

もう一つは,Teachers Leading Educational Reformというタイトル.最近,スクールリーダーの話をすることが多くて,自分の中に「ほんとにそうかな」が沸きつつある.Educational Reformの主役はTeachers,という話を読みたい.(本当にそういう話かは分からないw)

翻訳の可能性を含めて読んでみたい気がする.(面白ければ,そして,出させてもらえるなら)

 

 

 

部活動問題の難しさの一つ 

このところ、部活動問題が世間を賑わしている。
部活動を担う教員が長時間労働で大変だという話。
やったことない部活を担うことが大変だという話。
保護者も含めいろんな人の思いに対応するのが大変だという話。

で、「部活動は学校の教員がやるべきことなのか」という議論が起きている。
この問題についての自分のスタンスはあるんだけど、一旦それはわきに置いておきたい。

ここでは、部活動の問題がつらいことの背景(はいろいろあると思うんだけど)、そのうちの一つについて取り上げたい。

それは、

【部活動のやり方は誰も教えてくれない】

ということ。

ここでいう「やり方」とは、練習方法などではない。
練習方法とかは、実は、それ系の雑誌もあったり。
本屋に行けばいろいろ売ってる。
「強くする」ための方法は色々ある。

むしろ、もっとシビア。

例えば・・・

・練習日を減らしたいんだけど、どうやって、どのタイミングでそれを伝えることで、スムーズにそれが可能になるか
・逆に、増やしたい場合に、どうやって合意をとるか

勤務時間の話が話題になっているので↑の点を取り上げてみたけど、他には・・・

・部活動の子達(特に自分が顧問になる前からの子)の持ってる考え方が、自分のやりたい方向性と合わない。どう変革していくか。
・保護者の期待が過剰すぎる。どう対応するか。

などなど。
総じて言うなら・・・ 【自分らしく部活動をやる方法】 かな。
さらに色をつけて言うなら 【部活動を楽しむにはどうしたらいいか】 かな。

これは、誰も教えてくれない。

授業であれば、大学でも学ぶ。
教員になってから研修もあれば授業研究もある。

生徒指導や学級経営も難しいところだが、
例えば、同学年の先生など、運命共同体になっている人たちがいるから、
その人たちに関わる中で教えてもらったり、学べる機会はそこそこある。

でも、部活にはそういう関係がない。

とりあえずまず、行政研修にはそういう機会はない。

顧問会みたいな組織はある。
ただ、そこで出る話は「強くするには」が基本。
そもそも、顧問会で人間関係築くには「強くしたいんですけど・・・」というスタンスが必要かな。

校内の他の部の顧問とそういう話が出来るかというと、ちょっと難しいかも。
↑にあげたような学年の繋がりとか、そういう関係性のなかでちょうど似たようなスタンスだったり、考え方のスタンスがあう先輩がいると、聞けるチャンスがあるかもしれない。

しかし、総じて言えば、部活動の「やり方」について学べる機会は乏しい。

なぜそうなるか。

ここでは公的な研修が行いづらい理由について書くけど、
その理由の一つは、やはり、「部活動の位置づけが難しいから」だろう。

部活動は、教育課程外の活動である。
”教育課程との関連を図る”とは言われている。
実際、学校内には部活動関連の会議体があるし、勤務時間内にも部活動は行われている。
しかし、「独自の取り組み」という建前がある。

そんな曖昧な位置付け。
で、その位置付けの難しさの最たるものが、部活動自体には給料が出ないということ(ちょっとだけでるけど)

この曖昧な位置付けが、公的な研修を行いにくい理由だと思う。
つまり、研修の間の教員はどういう立場で行ってんのか、てこと。
普段の部活関連の勤務は教員としては行えないけど、部活動の研修は教員として行ける、てのも変な話だよね。

もう少し別の言い方をすると、職務専念義務を外す時間として扱えるの?ていう。
教員(含め、地方公務員全員)には職務専念義務がある。
勤務時間内は職場で職務に専念「しなければならない」。
その義務を外せるのは、諸々理由あるけど、関わるところでいうと、「校外研修」だけ。
その枠に含められんの?っていう。

もちろん、曖昧なラインで行われていることはたくさんある。
部活のために外に出るってのはね。

その一方で、【教委自身が】それをやったら、妙に公的なお墨付きを与えることにもなったりするのかもしれない。
「部活研修にお金支払われるなら、部活は公務だよね。普段の練習も勤務時間に数えてよね」
そこまでヤ●ザな言い方はないだろうけど、そういう論拠になりかねない。

そんなわけで「研修として手を出しにくい領域」なんだろうと思う。
部活動のガイドラインを作るとか、部活動問題の検討会をすることはあっても、部活動についての研修は行いにくいんだと思う。。。ま、たまにあるけどね。。。ほとんどない。

(先日、ある教委の方とのインフォーマルな場で↑みたいな話をたけど、だいたい認識はズレてなかったように思う)

今日は、部活動の難しさについて、「自分らしいやり方を学ぶ機会が少ない」という観点から書いてみた。
これを書いた背景にある思いは、「もっと学びの機会があればいいのにな」ということ。
そうすれば、もっと自分らしく教員生活を送れる人が増えるんじゃないだろうか…

最後に、部活の運営について学ぶ機会はほとんどない、て書いたけど、部活の運営について色んなヒントが得られる稀有な本を1冊ご紹介したい。

◆杉本直樹 著 『部活動指導スタートブック : 怒鳴らずチームを強くする組織づくり入門』 →amazonはこちらから
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内容は、すごく実践的だし、「自分らしく部活を運営する」ためのヒントがたくさんある。
書いてあるのは、「組織」とか「経営」とか「哲学」とか・・・部活の本としては珍しい。
例えば、ある章のタイトル、「自分自身の『部活動経営哲学』をもつ」。

副題にもある通り、基本的に「強くする」ことを目指すというスタンスではあるんだけど、「自分の考え方をもって自分らしく部活を運営するには・・・」という視点ですごく勉強になる本だと思う。

といったわけで、以上で終わりたいと思う。
途中にも書いたけど、僕自身は、部活についてもっと学びの機会があればいいのになと思う。

逆に、そういう学びを得ずに(求めずに?)、最初から「イヤだ!!つらい!!!」てなる人が増えるのは、僕としては悲しいと思う。

もう少し言っちゃうと、今の、部活が政治問題化して、単なるケンカの争点になっているような状態は、やりたい人にとっても、やりたくない人にとっても、なんだか悲しいなと思う。

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気がつけば、また長くなってしもーた・・・
長文にお付き合いしてくれてありがとうございました。

最後になりますが、杉本先生の本は、まじでおすすめっす。
やりたい人にも、やりたくない人にも勉強になる。
というか、部活以外のことにもすごく活かせると思う。

僕は杉本先生のtwitterもフォロしちょります。

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追伸

この記事では公的な研修について書いたけど、徐々に、民間のセミナーとかでも部活運営のことを取り上げるものが増えて欲しいと思います。。。また杉本先生の話になっちゃうけど、先生のtwitterではそういう活動についても紹介されてますのでおすすめです。

若者の投票率を上げるには、まず大人に訴えた方がいいかも :投票参加の期待効用モデルの紹介など

先日の非常勤先の授業で、政治教育を扱った。
18歳選挙権が開始され、かつ、受講者の殆どが18から20歳くらいということもあって、あえて政治教育を扱ってみた。

授業では、なぜ今政治教育が注目されるのか。政治的事象を扱う難しさや、政治的中立に関わる幾つかの事件・事象について話し、近年盛んな模擬投票なとの実践例を紹介した。
その中で、投票率の話をする際に紹介したのが、【投票参加の期待効用モデル】。

幾つかモデルはあるようだが、その中で、ライカーとオードシュックによるモデルを紹介した。Wikipediaにも載ってるし、多くの人が知ってるんじゃないかと思うけど、ここでも紹介しておきたい。

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Rがreward。その有権者の利得。これがプラスなら投票に行き、その逆なら棄権。

Pは、自分の投票行動が選挙結果に影響を与える確率(possibility)についての、有権者の認知。自分の一票の影響力をどう捉えているか、という話。
Bは、有権者にとっての政党間(候補者間)の期待効用差(benefit)。通ってほしい人が通った場合と通って欲しくない人が通った場合とで、どんぐらい違いがあるか。言い換えると、どんぐらい通ってほしい人がいるか、という話かな。
Dは、色々捉えはあるようだけど、義務感(duty)かな。つまり、有権者の責任として行くべき、というような感覚。
Cはコスト。めんどっちーかどうか。(参考;Wikipedia)

このモデルは納得感高い気がするなぁ。接戦とか、政権交代が話題になっていたりすると、Pが高く、強く選びたい党なり人なりがいれば、Bが高くなり、投票に行きたくなる。そういった状況とは別に、Dを大きく感じている人は投票に行く。と。

ま、それぞれの変数が独立とは言えないかもしんないけど、少なくとも整理には役立つ気がする。

さて、若者は、選挙に対して次のようなイメージを持っている(と言われている)。

・「自分が選挙に行っても行かなくても変わらない」とか、
・「違いがわからない」「誰がやっても一緒」とか。

これは、先ほどのモデルに合わせて考えると、前者がPの話で、後者がBの話であり、PやBが小さいということ。

ただ、これって本当かな?という疑問もわく。
というのも、こういう話がクローズアップされるのはだいたいテレビだったりするんだけど、テレビはこういう「わかんなーい」系の話を聞くときは、必ず渋谷でインタビューするんだよね。
(逆に、若者のしっかりした話を聞きたいときは、銀座の親子連れの子供の方に聞いたり。)

つまり、そういう「わかんなーい」系の若者像は、ある程度「つくられたもの」かもしれないという疑問は沸く。
本当に若者の傾向と言えるんだろうか。

・・・というわけで、このPBDCについての、年代別調査を見てみた。
2011年の参議院の時の調査かな。
手元に汚い画像しかなくて申し訳ないけど、

①P要因 自分の一票が選挙結果を左右すると思えた(下が若者。以下同)

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②B要因 自分の選挙区に、どうしても当選させたい候補者がいた

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③Bの逆転項目 候補者についてよくわからなかった

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④C要因 投票に行くのは面倒だった

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これらを見ると、見事に年代で差が出ており、前述のイメージ通りの結果になっていることがわかる。
確かに、若者は一定程度、そういう傾向にあるようだ。

(グラフの引用元は、『初めての政治学―ポリティカル・リテラシーを育てる』明治学院大学法学部政治学科)312ud7uwicl-_sx339_bo1204203200_

 

さて、政治教育の話に戻ります。

前述のモデルに絡めて言うと、これまでの政治教育はほとんどDにつながる話だけをしてきたんだと思う。民主主義の仕組みやら選挙の仕組みやら、仕組み系の話とかが話の中心。
というのも、旭丘中学校事件を始め、諸々の経緯を経て、具体的な政治的事象について触れることはむしろタブー化されてきた(この辺りは組合とか出てくる話で、話がややこしい)。
個々の政策、ニュースに出てくる政策などについては、時事問題等でその政策に関する基礎知識を扱うことはあっても、その政策について「どう思うか」といった事はやってこなかった。
繰り返しになるけど、仕組みの話が中心で、その最後に民主主義や選挙の意義(つまりDの話)に触れる程度。

が、この傾向が変わりつつある。

昨年来話題になっているのは、政治的事象を積極的に扱っていこうという話。18歳選挙権をきっかけに、これまでタブー視されてきた、具体的な政策の話とか、そういう辺りを扱って行こう、という流れが出始めている。これらは、PやBにガンガン関わる話だろう。
とは言っても、やはり、解禁していくか、抑制的になるべきか、という揺れがあり、現状はゴチャゴチャなんだと思う。特に公職選挙法に触れないように政治教育を行ったり、いかにして中立性を確保しながら扱うか、という部分は現場に大きな迷いが出ているという話。
昨年末だったかな、文科省が「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について」という通知を出し、ひとまず整理を試みたという段階かな。実際に授業するうえで言えば、この通知によって「気をつけるべきこと、留意すべきこと」はわかるんだけど、ま、それだけで授業ができるはずもなく、難しい状況は変わらない、という感じだろうか。

そんな中で、政策比較表を作ったり、模擬選挙をしたりというような、多くの学校で行える、モデルになりそうな実践が広まり始めているのが、現状だろう。改めてもとのモデルに関わって言えば、ここに来てやっとPやBに関わる教育が広まり始めた、という状況。

偉そうな言い方になると嫌だけど、こういった実践のさらなる広がりに期待したい。

授業では、以上のような話をした。

ここからは、少し話が変わるけれど、若者の投票率向上に向けた呼びかけについても書きたいと思う。このところ、「若い人は選挙に行くべき」という語りと、「そんな事言っても自己満だ」といったような発言、ブログが色々なところで散見される。前述のモデルというか、P/B/Dという分類は、この話を整理するうえでも一つのヒントになる気がする。

これまでの「選挙に行こう」系の話は、Dに訴える系のものが多いように感じる。社会の一員として、みたいな。確かに、毎回必ず投票している人は、Dが高いんだろう。わからないけれど、「選挙に行こう」と若者に訴える人は、おそらく自分自身がこういった類の人であり、若い人にもそれを期待するんだろうな。

でも、もともと「行く気ないなー」って思っている人にそういう話は効果をもたらすんだろうか。なぜなら、Dに関わる話は、これまでも何度となく耳にしているだろうから。その結果として「行く気ない」に至っている人に、改めて、似たような話をして届く可能性はあるんだろうか。

有り得るとしたら、身近にいる信頼する、尊敬する大人に言われたら、もしかしたら影響するかもしれない。逆にいうと、SNSでちょっとしたコラムで訴えても、あるいは、それらのシェアやリツイートを通じて訴えても、なかなか届かないような気がする。

若者の投票率を上げようとする訴えは無駄だとは全く思わない。実際、僕自身、いろんなところで言ってる。中学校の授業でも、ずっと言ってきたし、中3の最後の授業では必ず言ってきた。選挙に行かない大人にはなるなって。今も、非常勤の授業でも言っている。
ただ、共通するのは、身近な、影響力を発揮しうる人に言っている、ということ。

そういう意味で、SNSで訴えるとしたら、若者に「選挙に行こう」と訴えるのではなく、大人に「身近な若者に選挙に行こうと呼びかけよう」と訴えることの方が良いかもしれない。

繰り返しになるけど、若者にとってみたら、「選挙の大切さの話」はこれまでも何度も聞かされているわけで。SNSを通じた薄い関係の人に似たような話をされても変わらないんじゃなかろか。それまでの「選挙の大切さの話」と変化が出るとしたら「誰が語るか」の違い。身近にいる、信頼できる、尊敬する大人から言われたら何か変わるかもしれない。

次に、D以外を推すタイプについて。

支持政党や政策に関する話こみで「選挙に行こう」を訴える人は、B重視かな。(例えば、)今回自民党が勝っちゃうと●●だから選挙に行こう、とか。ただ、これって、聞き手に政治に関するある程度の知識が必要かな、と思う。そこからコツコツやっていく必要がある気がする。時間かかるけど。

逆に、そういう基礎知識を培う段階をすっ飛ばして、ある党が政権を取ることの重要性を訴えたり、逆に、その恐ろしさを訴えて、「だから選挙に行かないと」と訴えるしたら、それは殆ど洗脳に近いんじゃないだろうか。

Pについても、B同様に、基礎知識が必要だし、時間をかけてやるべき取り組みだよなと思う。
もとの話に戻っちゃうけど、この辺り(PB)を高める事が、まさにこれからの政治教育に求められるところだろう。

というわけで、今回のブログは、モデルの紹介やら、政治教育の話、それから、モデルを参考に「若者よ選挙に行こう」運動について見てきた。
いつも通り、脈絡なく(笑)思いつくままに書いてきた感じで、読みづらかったと思います

色々書いてきましたが、要は、

・R=P×B+C のモデルはわかりやすいな
・若者の投票率向上は、若者に訴えるより、大人に訴えた方がいいんじゃないか

というあたりが今回書きたかったことかな。
しかしまぁ、考えても見れば、周りの大人に「選挙行け」ばっかり言われたらめんどくさくてしょうがないだろうなw

とか言いながら思ったけど、選挙に行くかどうかが、そういう事言ってくれる大人が周りにいるかどうかに拠るとしたら、つまり、自分の訴えが政治家に捕捉される可能性が、周りの大人次第で決まるわけで。
これってつまり、選挙を通じて格差が再生産されるような形になるんだね。

ま、今更言うまでもないか。

それからもう一つ思うのは、唯一、手っ取り早く投票率上げられるとしたら、Cを下げることのような気がするってこと。スマホで投票とかはいろいろと壁があるとしても、もー少し工夫はできるような気がするんけどな・・・駅で投票とか。
なんでやらんのだろ。外から見てるとわからない、単純にはわからない「壁」があるんだろな。
あるいは、若者の投票率が上がるとまずい理由があるとか。笑
その辺りわからないけどね。。。

あ、また長くなってしまいそう。
もうやめよう。
その辺はまたいつか。
尻切れとんぼみたいだけど、とりあえずおしまいにします。
ではさようなら。