カテゴリー別アーカイブ: 研究支援

教員同士の学びあう関係・学びあう場をつくるプロジェクト

教員にとって学び続けることが大事だ、というのは、ここ数年どこでも聞く話です。

専門家として自ら学ぶことが重要なのは言うまでもないですが、例えば、自分では気づけない何かに気づけること、自分の固定化された見方を揺さぶられることなどの重要性を考えれば、他者との関係の中で学ぶこともやはり重要だと思います。

しかし、そうした必要性は理解されつつも、「ではどうやって」というところは意外と盲点になっています。今年度から、埼玉県教育委員会とご一緒して、高校を対象としながら上記の点について研究するプロジェクトに取り組んでいます。

「学びあう関係・学びあう場をつくるプロジェクト」とでも言えるこのプロジェクトは、今年度からスタートしました。埼玉県教育委員会の先生方、横浜国立大学の脇本先生とご一緒して進めてきました。

学校教育において「学びあう場、学びあう関係」と言えば、「校内研究」を思い浮かべる方もいらっしゃると思います。とはいえ、一方で、(一般論ですが)校内研究は形骸化など様々な課題も指摘されています。また、学校によってはそうした文化や慣習そのものがない場合もあります。また、校内研究ではなくても、かつては職員室の雑談のなかで、飲み会の中で、いろいろな学びがあったと言われていますが、そういったものが成立しない学校も増えていると聞きます(良い悪いは別として)。

そのようななかで、学び合う関係をどのように再興するか、創造するか、というあたりは本当に悩ましいところです。まだ「これ」と言うものが何か生まれたわけではないのですが、少なくとも、「みんなで授業を見て、みんなで話し合えばうまくいく」というほど単純ではなく、例えば校内研究について言えば、叩き合い(公開者がひたすら批判される)にならず、あるいは、空中戦(それぞれ思い思いのことを言いつつ深まりがない)にならないようにするには、一工夫はやはりあった方がいいかなと思ったりします。

そのあたりをみなさんで考えつつ、開発していきたいと思っています。

このプロジェクトをやっていて感じた点がもう一つあります。

これまで自分が学校に入って何かに取り組むときは小中学校が多かったのですが、今回は「高校」という場をフィールドとしています。小中学校ももちろん多様性はあるのですが、高校はやはり、ミッションがそれぞれ明確に異なっていることについても(頭では分かっていても)改めて向き合ったような気がします。

そういった事情を考えると、文脈も状況も文化も異なる高校に何らかの方法を押し付けても変わらないように思います。いや、無理やり変えていくことはできるかもしれませんし、変化は早いかもしれません。でも、持続性がないように思います。

我々(脇本さん、私)は、各校から数名ずつ参加されている方々に、ワークショップや研修方法等に関する講義や演習等をおこなってきました。ただこれも、あくまでベースとなる部分について一緒に考えていくもので、なんらかの方法を押し付けることは避けたいと僕は思っています。

ここ数ヶ月、各校をまわりながら、先生方の思いや直面している課題、期待などについてうかがってきました。そうした対話に時間をとりつつ、「どんな場をつくるのか、どんなきっかけづくりをするのか」というあたりは、先生方の考えで構築されていくように意識しています。

そうした先生たちご自身から生まれた場をきっかけに、学びあうことの必要性に対する気づきがうまれ、そうした文化が根付いていったらいいなぁと思いながら進めています。

もう少しいえば、生徒の学びを中心にしながら、暖かく教員同士が学びあい、何かに気づくことで、結果的に「変わっていくこと」へのハードルが下がっていき、柔軟でチャレンジングな学校組織になっていくこと。

そういう変化のお手伝いができたらなと思ってます。

自分のやりたいこと

自分のやりたいことを再確認したので,ここに書いておきたい.

===============

僕がやりたいのは,「仕組み作りから教員の力量形成を支援すること」である.

そのために,「①教員の力量形成とその要因・背景を分析すること」である.
その結果をもとに,「②政策提言」したり,「③研修開発」したりすることである.
研修に関して言えば,自分自身が「④講師をつとめる」ことも
そして,その政策や研修を「⑤評価」し,その「⑥効果を分析」し,「⑦改善を加える」ことである.

①⑤⑥は研究
②③⑦は研究者としての実践
④は実践者としての実践.

ただ,よく考えたら①→②③の関係と,⑤⑥→⑦の関係は同じ.
【調べて作る】
「⑤⑥→⑦」は,自分の作ったものについても検討するよ,という違いだけ.

より具体的に.
横浜メンターチームは①~⑦全部
川上先生との研究は,①→②③ ①中心
中田先生との研究は,①→③あたり.自治体単位でなく学校単位だけど.
中堂先生との研究は⑤⑥→⑦あたり.
レゴとかリフレクションとかは③④あたり.

教員養成課程で働きたいのも,この枠組みに乗るからだと思う.

科研が書けん

冒頭のダジャレは、この時期、この業界で誰もがツブヤクこと。
しかし、まさに今、こんな状態。

今年度から新しい研究グループに所属させていただき、新たな機会をいただいているが、どうも、書けない。
進まない。
いったん筆が止まると、本当に文章が出てこない。
脳みそがポンコツになってしまったんじゃないかと思う。笑

結果、こうして、「ブログでも書いてみるか」、となるわけで。
今日もあと30分したら出かけないといけないんだが…
こんな事してる場合じゃないと思いつつ書くブログ。

うう、おしまいにしよう。
あと30分、がんばろう。

先行研究を読むのは何のため? ~ブルーオーシャンを探す…だけ!?~

さて、今年はTAをやっています。
教育行政調査演習という授業で、学部生たちがグループになってフィールド調査を行い、報告書をまとめるというものです。

で、今、この研究の枠組み設定の支援をしているんですが、伝えなきゃいけないなと感じる場面が意外と多いのは「先行研究を読む意味」です。

読み方、整理の仕方、まとめ方については、諸先生方、諸先輩方から色々とブログありますので
こちらを参考にしてください。

〇僕が中原研で学んだ「先行研究の読み込み」に必要な3つのポイント by舘野さん
http://www.tate-lab.net/mt/2010/04/post-176.html

〇先行研究をまとめる5つのプロセス、陥りやすい3つの罠 by中原先生
http://www.nakahara-lab.net/2011/10/post_1803.html

で、今日僕が書こうと思うのは、そもそも何故先行研究読むのかってこと。
それなりに研究をしている人にとっては当たり前になりすぎて、意外と整理されていないこと。

これを書いてみようと思います。
(自分の整理のために。)

というのも、先行研究を読む意味を 「誰かにやられちゃってないかチェック」のためだけと理解している人が多いように感じます。。。
もちろん、それはとても大事な意味なんだけど、それだけじゃないと僕は思います。

大事なのは、次の三つ。

①誰かにやられちゃってないかチェック
②方法論の参考にするため
③これまで分かってることとの「違い」を意味づけるため

一つ目はさっきも言った通りです。
自分の問い、仮説がすでに誰かによって検証されていないかを確認するため。
いわゆるブルーオーシャンを探すため。

これは基本です。

でも、これだけだと、十分ではない。

この点だけを根拠にして、 「やってないからやります」 を自分のオリジナリティとしてアピールする研究はそこそこある。
だけど、それだけじゃあ研究の生まれる余地は無限に広がってしまう。
この世の中の全てを研究する事は当然できないからだ。

というわけで、「やられてない」に加えてもう一つ必要。
それが何かというと、「その研究が優先される意味」のようなものを探求し、示す事。
ブルーオーシャンの比喩で言えば、そのブルーオーシャンに帆を広げて出航しても、そこに「お宝」がなければ、ただの航海になってしまう。

他にもよく、先行研究を読む目的について、「穴を探す」という表現が用いられたりする。
先行研究をいくつかの次元に整理した時、分析されてない「穴」はどこなのか、ということ
しかし、その穴が、掘っても意味ない穴だったらどうすんの?って事まで考えないとならない。
その穴にどんなお宝があるんか、想像しないとね、ってこと。

で、論文に書く場合には、そこにお宝がある事を示さないといけないのよね。
そのために、先行研究を読む。
先行研究で言われている知見に、意味ある1頁を書き加える必要がある。
そのためには、先行研究の「流れ」を読む必要がある。

先行研究はそれぞれ別個に存在するが、必ず歴史を持っている。
「最初Aが注目されていたけれど、次は、社会状況の変化からA+が注目されるようになった。
でも、××によって、その流れを否定されるような知見が示されて、Bも大事じゃないかという話になり、今は宙ぶらりんの状態」
といったような流れだ。

で、その流れを読んだとしたら、次のような可能性が考えられるだろう

「A+とBを両方調査して、どんな場合にAがあてはまり、どんな場合にBがあてはまるか考えよう」

そんな感じ。
そういうストーリーを紡ぐ必要がある。
自分がやろうとしている事がこれまでの流れから言って、意味ある調査になりうるかどうか。

これを言語化するのは、センスが必要な気がする。
これこそ、研究の上手い下手が出る部分かも知れない。

と、ちょっと話がそれましたが、「これまでの研究のストーリー」を紡ぎ、そのストーリーの最後の登場人物として自分が出てくるような流れを
示す必要がある。
何度も言ってきたけど、この流れを語るには先行研究にあたるしかない。

そんな視点で先行研究を見る必要がある。

で、最後。

研究方法論の参考。
どんなに問いが正しくても、それを調べる方法論が間違ってたら、それは認められない。
何を対象に、どんな分析概念、分析手法を用いるか、その組み合わせが方法論である。
その「正しさ」を簡単に補償する方法は、「過去にもコレやって認められてきた」から。
過去に行われてきた研究の目的や状況をふまえれば、自分がやりたい事にピッタリなそれも
導き出せる。

そのために先行研究を読む。

というわけで、三つの理由を示しました。
これは、ほぼ、自分のための整理かも知れません。
一度、自分の中で考えている事を文字化したかったのです。

そんなわけで、他の方から見たら、「ちがうわボケ」的な突っ込みもあり得るかと思いますが、
ひとまずこのように示しておきたいと思います。

でーわー。

先行研究(既存の理論)と事例研究との関係

今回は事例研究について書きます。

唐突ですが・・・

事例研究って面白いですよね。実態を掘り下げることができる。生々しさがでる。ドロドロ感も出せる。ぐへへへ。(何の笑いだ)

ただ、やはり研究だと、とりあえず面白いだけじゃなくて、何かしら「研究上(理論上)の意味」が求められます。つまり、先行研究(既存の理論)との関係です。

それをどう描いていくのか。

もちろん偉い先生たちが色々と言われてますんで、僕が改めて言うのもおこがますぃのですが、今日のゼミのなかでちょっと整理する機会があったので書いてみます。(分野による違いもあると思いますが、ひとまず置いといて。)

まず、非常に単純な分類をすると

①先行研究(既存の理論)を補強する例を示す

②先行研究(既存の理論)に対する反例を示す

・・・あたりまえじゃないかー。そんなん分かっとるわーバ●モノー。という感じですが、まずはこれが出発点です。そのうえで、少し掘り下げます。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

理論的価値を出しづらいのはどちらか。それは①です。

理論的価値ってのは要は「新しさ」ですから、すでに言われてる理論にのっとっている事例を出してもそんなに「新しさ」は出せません。

ただ、それでもなんとか「新しさ」を出せる場合として、次の場合が考えられます。

一つは、「今まで見てきたのは『理論上』の話で、実際の場面は見てみてませんよ」ってやつ。「実態調査」という感じです。ただ、これは「実際の場面」がこれまで「全く」見られてない事が条件です。すでにそれをやってる研究があって、「実際の場面part2」を出すのは、大抵理論的意味が出せません。レポートでやることには意味があっても、論文で書く意味はありません。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

やりやすいのは② そして②にも3段階ぐらいある気がします

②A 既存の理論に「当てはまらない事例」をとりあげる。反例探し。 ⇒ 既存の理論が「いつでも正しいわけじゃないよ」と言える。

②B 既存の理論に「当てはまらない事例」のなかでも、「最もあてはまりそうで当てはまらない事例」をとりあげる。 ⇒ 「この状況でも当てはまらないってことは、そもそも既存の理論違ってんじゃないの?」と言える

②C 既存の理論を否定したうえで「新しい理論の可能性」を示す。 ⇒ 「そもそも既存の理論ってちがうんじゃね?ていうか、こっち(新しい理論)のが正しいんじゃね?」てな感じです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

最後の方、だいぶ雑になっちゃったんですけど(今日、忙しいんです・・・)、とりあえず書いてみました。

もっと他にもあるんでしょうけど、まま、とりあえず今日思ったのはこんぐらいなんでココで終わります。

 

ではでは。サイナラー。