カテゴリー別アーカイブ: 研究

評価のリテラシー

今日はマナビフェスのお手伝い.会場案内やセッションの運営などを手伝いました.

そんなわけでちゃんと聞けた話はなかったんですけど,運営お手伝いをしながら聞いた松下佳代先生の話は勉強になった.特に「評価のリテラシー」の話.先生を国際展示場駅にお見送りする道すがらもその話題になり,ナルホドなと思った.

評価を受ける経験,しかも多くは似たタイプの評価(テストをして結果について相対的な評価を受ける)ばかりだから,評価に対してナイーブになりすぎるんじゃないか,評価をする経験や事なるタイプの評価を受けることがもっとあってもいいんじゃないか,そういう経験を通じて「評価のリテラシー」を高めることも大事なんじゃないか,と.

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評価のリテラシーということはあまり考えたことがなかったので色々と考えるきっかけになった.

学級やチームの現状を知るための尺度

昨日の研修(免許更新講習)でも関連する質問出てたけど,「学級やチームの様子を知るための質問項目」としては,Q-Uが有名だと思う.

でも,他にもいくつかあって,横浜市がやっているYPアセスメントはネットで見ることができる.

これそのものをやるのは権利的にアリなのか分からないのでそのあたりは確認が必要だけど,少なくとも参考になるんじゃないかと.

「YPアセスメント ワークシート」で検索すると出て来やす.

「先生の夢」って本を読んだ。 ~働き方改革のこと~

「先生の夢」って本を読んだ。10年前の本。
https://www.amazon.co.jp/dp/4902097192

そこにはたまたま、大学院の仲間で、かつ、中学校教員時代の同僚の恩師であるセンセイの言葉がのっていた。

=====
「息子、産まれました。俺に似てヤンチャだから、先生に担任してほしいんだ」泣きそうな気持ちをおさえて「おむでとう」と伝えた。(正確ではないけど、そんな感じ)
=====

みたいな一文があった。
その一節が、帯になっていた。

僕はこの本に糞ほどに感動した。
「あぁ、、、これだよね」と思った。

でも、このセンセイ達の働き方は今で言えばブラックだ。
残業もしまくりだし、ヤンチャな卒業生が自宅に集まる。
働き方改革でいったら、改善の対象であることはまちがいない。

僕は働き方改革のプロジェクトに関わってるけど、どうしていいのか分からなくなる。
このセンセイ達がシラケるような改革で、ほんとにいいんだろうか。
どろどろとした中からなんとか光を見いだしてきたセンセイ達のその働き方をどう考えたらいいんだろうか。

このセンセイ達に会ったら、いまの働き方改革をなんというんだろう。

ほんとに分からなくなる。

いまのままじゃジリ貧なのもよくわかる。
変える必要がある。
これ多分間違いない。
自分の家族の状況を考えても、そう。

とはいえ、みんながシラけるような、これまでを否定するだけの改革じゃ、ただの悲劇でしかない。

どうしたらいいんだろうなぁ。

分からなくなる。

少なくとも、単なる時関数削減とか、業務削減とか、そういうだけではない、重い、重い重い、相当覚悟が必要な改革であること。

その事は自覚していたいと思う。

この本が気になっている

この本が気になっておる.

Teachers Leading Educational Reform: The Power of Professional Learning Communities (Teacher Quality and School Development)

Alma Harris / Michelle Jones / Jane B. Huffman 

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amazonに飛びます

理由は幾つか.

一つは,PLCの最新の話を知りたいということ.

もう一つは日本のPLC論への疑問.日本のPLC論は授業研究や校内研究に偏っている気がする.もう少し広い概念じゃないかと思う.

もう一つは,Teachers Leading Educational Reformというタイトル.最近,スクールリーダーの話をすることが多くて,自分の中に「ほんとにそうかな」が沸きつつある.Educational Reformの主役はTeachers,という話を読みたい.(本当にそういう話かは分からないw)

翻訳の可能性を含めて読んでみたい気がする.(面白ければ,そして,出させてもらえるなら)

 

 

 

良い学校組織とは? ~~教科書を読み返してみようシリーズ②佐古ら(2011)『学校づくりの組織論』

「組織」として学校をとらえることは、かつて忌み嫌われたこともある。その理由のひとつは、組織の一員として教員をとらえた場合、教員の自律性が損なわれると考えられたためだ。

職階制の導入などが同時に進められたため、そういう縦の統制的な側面が強く意識された時期もある。今でもそういう側面があることは否定されないが、近年は組織として学校をとらえることは基本的に受け入れられている(と思う。)


追記:↑この点には学校段階によってかなりの違いがある気がする。高校は相対的に見て「個」として動く場面が多いかも。

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背景には、学校を取り巻く状況が複雑になりすぎて、一人では対処できない問題が増えていることもあるかもしれない。

そもそも論から言えば、組織の成立条件は‘’共通目的と貢献意欲とコミュニケーション‘’であって、程度の差はあっても教員集団がこれらを持たないなんつーことはあまりないんじゃなかろうか。

いずれにせよ、学校を組織としてとらえること自体に異論がはさまれることは、ほとんどなくなった。

いま学校づくり関連の業務を担当していることもあって、改めて学校組織論について学んでいる。

学校組織論の目的は基本的には「よい組織」を目指すことだと思うけれど、そうすると当然想起されるのは「どのような組織がよい組織か」である。

居酒屋トーク的に言えば「そんなもんイロイロだろ」なハナシ。どういう状況下にある学校か、どんな目的を持った学校か、による。
究極的には「子どもが育ってるかどうか」で考えればよい(「育つ」の意味は多様だとしても)ようにも思えるけど、昨今の教員の労働環境の問題も考えると、複雑だ。
例えば、子どもはバンバン育つけど、「子どものため」意識が強すぎて教員がすぐ燃え尽きる。が、リソースが豊富なので、かわりの優秀な教員がすぐ雇えて、引き継ぎもバッチリで子どもは育ち続ける…‘’という学校があったとして、それを「よい学校組織」と言っていいかは微妙だと思う。

つまり子どもが育ってさえいればよいというのは単純すぎるのかもしれない。「どんな組織がよい組織か」は簡単には定められないんじゃないだろか。

この問いは、実践的な関心だけでなく、研究的な関心にも深く結びついている。
端的に言うと、組織に関する研究をしたときに、従属変数を何にするか、という話とつながっている。

これ系の話でよく引き合いに出されるのは、「効果のある学校」研究。

「子どもの育ちは、結局社会経済的状況次第で、学校は無力」という考えを批判的にとらえ、「必ずしもそうではない。社会経済的状況を乗り越える学校はある」という考えのもと、そういう学校の特徴をさぐったという研究。

ただ、この「効果のある学校」研究で従属変数になっていたのが学業達成だったため、それにたいする批判的検討が行われた。つまり、「学校組織が目指すのは学力向上だけじゃないだろ」ということ。「学力があがる学校だけを評価するのはどうなん」、と。

そしてそれらが、「そもそもよい学校組織ってなんなんだろ」論につながる、というわけだ。

確かに映画「みんなの学校」に出てきたような学校は、もちろん学力的な効果もあるだろうけど、あの大空小学校の学校組織がよい組織かどうか考えるのに、「学業達成」だけで見てたら捉えきれないというのはよく分かる。

もっと多様な効果があるだろうし、分析するなら多様な変数が必要だろう。

少し回り道をしたが、改めて考えると、「よい学校組織」ってなんだろか。

ここまで出した話のなかでも、「子どもの育ちを考えても学力だけではないし、そもそもこども以外も見ないとね」と考えられる。

さらに言えば、「こども以外」と言ったときにはまず第一に想定されるのは教員だろうし、あるいは事務職の方や技術員さん、スクールソーシャルワーカーさんなども考えられる。

けど、よく考えれば「よい学校組織」を子どもやら教員などの「ナカの人」だけで考えるのもどうなのよ、とも言える。もっと社会全体にとってどうなのかも考えるべきじゃない?というのは当然あり得る指摘だろうと思う。

とか考えると、人生イロイロ、学校組織もイロイロ、多様な多様性でタヨタヨチーン、、、とか頭が混乱してしまいそうであるが、そんなときに指針になるのが、これまでアカデミックに蓄積されてきた「学校の有効性」モデルである。

学校の有効性モデル論において「良い」と示されているものは、ザッッッッッッッッックリ言うと以下のような学校組織。

<1>目標達成できる学校組織

何を良しとしていいのかさ、分かんないからさ、自分達のたてた目標を達成できるような学校組織がいいんじゃない?

<2>内部の状態が良い学校組織

文化とか、リーダーシップとかコミュニケーションとかさ、組織の内部の状態こそ大事じゃない?

<3>問題のない組織

困難、弱み、トラブルがないことって、大事よね?

<4>リソースやインプットを得られる学校組織

いい生徒を獲得できるとかさ、研究指定えられるとかさ、そこ次第なとこあるよね。

<5>関係者にとって「よい」学校組織

生徒、保護者、教師、管理職や教委とかにとって「良い学校」って感じられることが大事よね。

<6>世の中から見て「よい」学校組織

関係者だけじゃなくてさ、社会から見て「良い」と認められなきゃね。

<7>継続的に改善できる学校組織

外部の変化に対応できたり、組織的な改善ができる学校こそ、いい組織よね。

…という感じ。

もちろん互いに重複はあったりするし、どれかさえ満たせばいいって話じゃない。

とりあえず全部の軸で自組織を評価してみる、とかやってみるといいのかも。

1.目標は達成できてんの?
2.組織内部はどうなん?
3.問題はない?
4.リソースやインプットは十分ゲットできてんの?
5.関係者にとっての満足度はどうなん?
6.世の中的に見てもイイネって思ってもらえるんかな?
7.周りの変化にちゃんと対応できてるん?

とかね。
も少し具体化しないと難しいか。
でも、これって一つの軸で考えるばっかじゃ視野狭くなるよね、とか他に目をむけるきっかけになるかも。

あと、合わせて考えたいのは、その軸が機能しうる「条件」みたいなものもあるということ。
例えば、1は目標が明確でないと意味をなさないし、2は内部とアウトカムの関係が明確な場合に有用。3は他の軸が有効であれば優先度は低くなりうる。。。

そういう意味では、「どの軸で″良さ″を捉えることが有効か」を考えること自体が、「自組織の文脈を振り返り、整理する」ことにつながり、有効かもなぁ。。。

そういうワークショップもやってみたい気がする。

なんてね。

…そんなことを考えていた北海道からの帰り道。
離着陸、上昇降下のあいだって暇ですよね。
無事羽田について、今から羽田大勝軒。

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今回書いた「学校の有効性に関する諸モデル」やそれらの「有用性の条件」については、佐古・曽余田・武井(2011)『学校づくりの組織論』の13頁ぐらいから書かれてます。

詳しくは(正しくは?笑)そちらをご参照ください。

では。